こうした状況下で生まれたのが「タイプラスワン」です。タイにある既存の主力工場を「マザー工場」とし、労働力の安いメナム地域に「チャイルド工場」を設立する分散生産体制を構築する動きのことです。こうした動きは、一部の大手日系製造業では既に実行に移されています。
例えば、電子機器部品製造のミネベアは、2011年末にカンボジアの首都プノンペン郊外に新工場を設置しました。現在、整備が進んでいる南部経済回廊を使えば、バンコクとプノンペンは15時間ほどの陸送距離です。既存の物流基盤を生かしつつ、リスクの分散と人件費の削減が実現できます。
また、タイにデジタルカメラの主力工場を持つニコンは、2013年後半にラオス南部のサバナチケット県に新工場を開設します。対象品目は、現在、タイ工場で生産しているデジタル一眼レフカメラの一部工程だといわれています。
この両社のタイ主力工場は、2011年に発生した大洪水の被害地であるバンコク北部にあります。大洪水発生時、ミネベア(タイ)の主力であるバンパイン工場(1万5000人の従業員を抱える巨大工場)は、周囲に土のうを積み、工場設備への実害は防ぎました。しかし生産停止を余儀なくされ、ビジネスへの影響は大きいものがありました。
ニコン(タイ)のロジャナ工場は1カ月以上冠水し、生産設備に甚大な被害が発生しました。また、サプライチェーンの分断により、一眼レフカメラ市場におけるシェア下落という大きな事業ダメージも起きました。タイ1国に依存するカントリーリスクのヘッジとしても、日系製造業にとって、メナム地域は有望な進出先と捉えることができます。
現時点では、メナム地域への進出は、アパレル業界を除けば、大手企業が中心です。しかし、まだまだ大型の投資案件は少ないようです。そのため、裾野産業の主要構成メンバーである中堅企業の同地域への進出は限定的な状況です。
一部メディアでは「日系製造業のラストリゾート」と称されるメナム地域ですが、実は本格的な投資を先行させている国があります。中国と韓国です。中国は、道路、鉄道、電力といったインフラ投資を中心に、この地域での存在感を高めています。韓国勢は、スマートフォン製品の販売が好調なサムスン電子、白物を中心とした家電で地域シェアを伸ばしているLGエレクトロニクスなどが、この地域に大型工場を建設し、大量雇用を通じた地域経済への貢献を高めています。
今後、メナム地域の国を対象とした日本政府主導によるインフラ輸出、日系製造業を中心とした広域生産体制の整備が加速されていくと思われます(希望的観測を含め)。また、親日派の国家や国民が多いのもこの地域の特色といえます。これからのALL JAPANの巻き返しに大いに期待したいところです。
今回のコラムは、日本国内ではあまり報道される機会の少ない「タイプラスワン戦略」の概要をご紹介しました。次回のコラムから数回にわたって、メナム地域の構成国であるベトナム、カンボジア、ミャンマー、ラオスの各国を取り上げていく予定です。お楽しみに。
(株)DATA COLLECTION SYSTEMS代表取締役 栗田 巧(くりた たくみ)
1995年 Data Collection Systems (Malaysia) Sdn Bhd設立
2003年 Data Collection Systems Thailand) Co., Ltd.設立
2006年 Data Collection Systems (China)設立
2010年 Asprova Asia Sdn Bhd設立- アスプローバ(株)との合弁会社
1992年より2008年までの16年間マレーシア在住
独立系中堅・中小企業の海外展開が進んでいます。「海外生産」コーナーでは、東アジア、ASEANを中心に、市場動向や商習慣、政治、風習などを、現地レポートで紹介しています。併せてご覧ください。
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