ASEAN地域の中でも経済発展で後れを取るミャンマー。日本の資本が進出し始めている一方で、国内市場の構造はまだまだ。親日国ミャンマーの今後を占う。
今回のアセアンシリーズはミャンマーを取り上げます。
筆者がミャンマーを初めて訪問したのは25年以上前のことです。国名が「ビルマ」から「ミャンマー」に変わる前のことです。ちょっとややこしいのですが、当時は首都もネピドーに移る前のラングーン(現・ヤンゴン)にありました。
当時のミャンマーの印象は「タイの田舎」です。タイと同じく上座部仏教の信者が多いミャンマーには、至るところに寺院があります。首都の中心部近くでも、早朝、托鉢をする僧侶を多く見かけました。人々も穏やかで、自分たちの文化、価値観を守って生きているという印象を受けたのを覚えています。
それから25年ほど経た先日、視察のため、タイからミャンマーを訪問した友人と話す機会がありました。長い時間が経っているにもかかわらず、その友人も「ミャンマーは何十年も前のタイみたい」だという印象を持ったようです。
軍事政権による20年以上に及ぶ「鎖国」状態*が、ミャンマーの時間を止めていたのかもしれません。国内最大の人口を抱えるヤンゴンでさえも、ほとんどの建物が30年以上前に建てられたものであり、走っている車も大半は30〜40年前の日本車です。
こうした見た目の古さが目立つミャンマーですが、2011年3月に就任したティン・セイン大統領による民主化政策により、「外資」という大きな波が押し寄せています。これからミャンマーには何が起きるのでしょう。
* ミャンマー(ビルマ)では、1962年に発足したネ・ウィン政権以降、社会主義経済政策を推進してきた歴史がある。その後、1988年にビルマ国軍がクーデターを起こし、軍事政権を発足、社会主義の放棄を宣言したが、閉鎖的な政策が展開される状況が長く続いた。
今回のコラムでは、製造拠点としてのポテンシャル、地域市場のポテンシャルという観点からミャンマーを考察していきます。まずはミャンマーの基礎データ(2011年)をおさらいしておきましょう。
国名 | ミャンマー連邦共和国 Republic of the Union of Myanmar |
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面積 | 67万6,578平方キロメートル(日本の1.8倍) |
人口 | 6,062万人(出典:2011年アジア開発銀行) |
首都 | ネピドー |
言語 | ミャンマー語、シャン語、カレン語 |
宗教 | 仏教(89.4%)、キリスト教(4.9%)、イスラム教(3.9%)など |
鎖国時代の後半、ミャンマーへの直接投資の主役は隣国タイ、そして中国でした。特に、近年は中国企業による天然ガス・原油パイプラインの建設、水力発電所や鉄道などインフラ分野での大型投資が相次いでいます。
ミャンマー国内では既に200社に近い中国企業が事業を行っているといわれています。しかし、この地域における中国の脅威は巨大であり、ティン・セイン政権は、中国の経済属国になることを避けるために、民主化を進め、中国以外の海外からの直接投資を促進していると考えられます*。
* 米CIAのThe World Factbookによれば、ミャンマーの陸上国境5876kmのうち、最大の部分は、中国(2185km、主に雲南省)、次いでタイ(1800km)、インド(1463km)、ラオス(235km)、バングラディシュ(193km)である。輸送手段として国土の中央を南北に貫通するイラワジ川が重要な地位を占めている。
中国企業の例ではありませんが、ミャンマー政府が優先的に求めているのは、社会インフラの整備であることは間違いありません。電気、ガス、水道、公共交通機関、道路、港湾、空港、通信と、ほぼ全ての社会インフラについて、新規に構築が必要な状況です。
日本企業による開発としては、総合商社を主体とするミャンマーへのインフラ輸出が始まっています。具体的には、三菱商事、住友商事、丸紅などの総合商社を中心とする日本の企業連合が、ヤンゴン郊外で計画されているティラワ経済特区の開発事業を受注しています。総面積2400haと、工業団地としては東南アジア有数の規模になります。
今後はゼネコンやデベロッパーに参画を呼び掛け、工業団地完成後は、日系製造業のミャンマー進出を呼び掛けるような、総合商社が得意とするビジネスモデルが展開されるでしょう。この経済特区はヤンゴンに近い分、タイが開発した南部ダウェー経済特区、中国が開発した北部チュオビュー経済特区より将来性を有望視されているようです。
ちなみに筆者が関連するIT市場については、米調査会社IDCが2012年7月にリポートを発表しています。それによると、ミャンマーのIT支出額は、2011〜2016年で年平均14%成長し、2016年には2億6845万米ドルに達する見込みとなっています。特に成長が見込まれるのは、通信インフラの整備と企業によるIT投資の2分野で、官公庁、公共公益・エネルギー、金融、観光、メディアが市場をけん引すると予想しています。ここからも分かるように、筆者の得意領域である製造関連のITソリューション市場が成長するのはだいぶ先のようです。
現段階でも、ミャンマー市場への進出をもくろむ日本企業は少なくありません。国内の公営企業も投資に積極的になってきています。
企業名 | 事業内容 |
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いすゞ自動車 | 商用車の現地生産を検討 |
NTTデータ | 年内にオフショア開発拠点を設置 |
伊藤園 | 清涼飲料水の生産と販売を検討 |
ローソン | 2012年内に1号店開設予定 |
全日空 | 2012年10月からヤンゴンへの直行便を運航予定 |
GE | 電力・医療分野での参入を表明 |
コカコーラ(米) | 再参入を表明 |
タイ石油公社 | ガソリンスタンド網の展開予定 |
大企業に先駆けて、既に、幾つかの日系企業がミャンマーに進出しています。主にアパレルの縫製工場です。
大規模な製造設備が不要で、工業用ミシンとオペレーターがいれば操業可能な業種です。以前、縫製工場は中国華南地域に集積していましたが、ここ数年は、より低コストの労働力を求めて、ベトナム、カンボジア、ラオスといった旧インドシナ各国に移管してきています。その選択肢にミャンマーが加わったというところでしょうか。
縫製工程の労働集約は仕方のないことかもしれませんが、個人的には、単に廉価な労働力を求めてのミャンマー進出はどうなのかという気持ちがあります。
もちろん、日系製造業の海外シフトの大きなきっかけは、廉価な労働力の確保に間違いありません。1970年代に近隣の韓国、台湾から始まり、その後、東南アジア、そして中国に展開していった潮流は、そのままさらに労働賃金の低い国(発展途上の国)を追い求め続ける流れへと続いています。
しかし、新興国企業に比べ、開発費用、人件費、管理費など、もともと生産コストの高い日系企業が、廉価な労働力をベースにした価格競争力を保持することは、あまり理にかなった企業戦略とは思えません。
また、近年は、こうした海外生産拠点の生産現場の劣悪な労働環境が報道されるようになっています。ただ、問題となるほとんどケースは地元企業による不法搾取で、日系企業は進出先国の法令に順守したオペレーションを行っているため、比較的優良な労働環境を提供しているといえます。
それでも、労働環境に関する一連のネガティブな報道が続き、注目を集めるようになれば、火のないところ(法令を順守する優良企業)にも飛び火する可能性があります。誤った報道内容でも、一度マスメディアに取り上げられると、有形無形の損失をもたらす結果となることは、容易に想像が付きます。
加えて、こうした問題は社内に限らず、例えば外注先で発生したとしてもこちら側に損失が発生する可能性があります。ミャンマーに限ったことではありませんが、これはASEAN地域などの新興市場特有のリスクといえるでしょう。
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