再び注目を集める生産拠点としてのASEAN知っておきたいASEAN事情(1)

製造拠点として注目され続けてきた東南アジア地域。地理的に近いとはいえ、それぞれのお国事情、現地スタッフの持つ風土文化は異なります。マレーシアに身を置く筆者が現地事情をレポートします。

» 2011年05月19日 11時00分 公開

 今回の地震、津波で被災された方々にはお悔やみ申し上げます。一日も早い復興を心よりお祈りいたします。

 現在、被災された工場は復旧へ向けた最大限の努力が続けられています。一方、海外市場では、日本の持つカントリーリスクの再評価、そしてグローバルサプライチェーンの見直しが急速に進んでいます。

 いままで日本の大手企業は、同じ県・地域を避けた工場展開、複数の購買ルートなど、さまざまな手段を講じてリスク分散を行ってきました。しかし、今後は、日本という国境を越えたスケールでの製造拠点&供給チャンネルの確保することが、海外市場から強く要求されることになるでしょう。長期的に見れば、複数の供給源を担保できない製品は、市場からの退出を求められる可能性もあります。

 こうした日本の製造業を取り巻く事業環境の変化の中、多くの企業で既存海外製造拠点の強化、新たな海外製造拠点の設立が検討されています。

 海外進出先の検討先として、まず候補に上がるのがアジア地域でしょうか。その中でも、中国に関しては多くのメディアから多くの情報が提供されています。

 そこで今回の連載コラムでは、東南アジアの主要国について、各種統計資料だけで見えない、その国特有の「ユニークな事情」についてご紹介していく予定です。

 現在、東南アジア諸国連合の加盟国は11カ国です。この中で、現実的な進出先と思われる以下5カ国を取り上げます。シンガポールに関しては、海外からの主要な投資先は、製造セクタから金融、サービスセクタに既にシフトしていることから、今回の候補からは外しました。

  • タイ
  • マレーシア
  • インドネシア
  • ベトナム
  • フィリピン

 筆者は1992年から2008年までの17年間、マレーシアに居住し、アジア地域を中心に、製造業向けソリューションビジネスを行ってきました。

 筆者がビジネスを開始した1990年代は、日本の製造業の海外進出が本格化した時代です。当時のマレーシアは、電気&電子、ハイテク関連を中心に、日本からの直接投資が増加し、TV、ビデオ、エアコンなどの家庭用電化製品では、世界で最も大きな生産拠点を有していました。

 ASEAN地域で、国産車プロジェクトが本格化し、世帯当たりの自動車普及率が急増したのもこのころです。このまま、順調に先進工業国への仲間入りをするのかと予測されていましたが、2000年以降、中国への投資ブームが始まり、「中国=世界の工場」と呼ばれるに至り、相対的にマレーシアのポジションは低下しています。

 それでも、「アジアのデトロイト」を標榜(ひょうぼう)するタイのように、ASEAN地域には政策的に世界の工場になることから経済成長を目指してきた歴史があります。

トヨタ・モーター・タイランド 第32回バンコク国際モーターショー2011でのトヨタ・モーター・タイランド

注:ASEAN地域では、1988年に自動車部品補完協定(BBC)を締結しており、各国で自動車メーカーごとに生産する部品を特化し、それらを相互に供給し合うことで、生産規模の拡大とコストの削減に取り組む政策を進めている。この仕組みは日本の自動車メーカーを含め各国の自動車メーカーも活用している。

自動車産業関連リンク集(中小企業診断士 藤原敬明氏のWebサイト)を参考にした。


歴史から見るASEAN地域での生産の「意味」の変遷(へんせん)

 日本の製造業の海外進出は、年代によって異なる製造品目、異なる地域、そして異なる進出目的がありました。そこで、まずは海外進出の変遷を振り返ってみましょう。10年ごとに区切ってみるとおおよそ、以下のようにまとめることができます。

1980年代 海外生産シフトの黎明期。韓国、台湾、および一部東南アジアが中心廉価な労働力確保が目的

1990年代 海外生産シフトの拡大期。電気&電子業界がけん引訳となり東南アジアが中心。加工輸出型製造拠点(完成品を先進国へ輸出する製造モデル)

2000年代 中国を始めBRIC'sへ直接投資ブーム。地域巨大市場(中国、インド、東南アジア)の出現。海外製造拠点の統廃合&新規拠点のセットアップ、自動車関連製造業の大規模生産シフト。

2010年代 国内製造業の海外生産シフトに拍車。地域市場を対象とした製品の開発&投入。製造コストではなく、開発コスト(費用&時間)の競争

 ここで注目すべき点は、進出目的の変化です。

 日本国内の生産に比較すれば、アジア地域の生産コストが低いのは間違いありません。しかし、単に廉価な労働力を求めた海外生産シフトは、今後はビジネスモデルとして成立しないでしょう。理由は簡単です。世界市場で日本企業が戦わなければならない相手は、もはや欧米先進国の企業ではなく、新興国の企業だからです。

 韓国、中国、インドをはじめたとした新興国発の製品で市場シェアトップとなっているものは数多くあります。売上金額だけでなく、同じ品目を製造している日本企業より多くの利益を出している企業も少なくありません。

 こうした構造的に生産コストの低い新興国企業と競争するためには、日本企業の得意な1円1銭単位のコスト削減だけではもはや通用しないでしょう。経営資源の「選択と集中」をさらに進め、市場の求める製品やサービスをタイムリーに開発し、生産・販売することが世界市場で優位なポジションを得るための重要な要素となってきています。

 今後、国内の経済成長が見込めない以上、国内製造の規模縮小は避けることのできない事象です。企業が生き残るために必要な利益の創出を求めれば、おのずと視線は海外市場に向かざるを得ません。

 日本企業の海外生産シフトは、残念ながら画一的な場合が多いという印象です。地域経済の発展を促進することが、進出する企業の成長につながるという、重要な視点が欠けているように見受けられることも多々あります(まあ、画一的というのは、日本企業というより日本人の特性なのかもしれませんが……)。

 本連載では、統計数字が中心の固い話より、かなりの私見を交えた考察をお伝えしていく予定です。あまり日本では伝えられていない「現地の事情」をできるだけ紹介していくつもりです。次回はタイの生産現場を紹介します。お楽しみに。


筆者紹介

(株)DATA COLLECTION SYSTEMS
代表取締役 栗田 巧(くりた たくみ)


1995年:マレーシア・クアラルンプールにてData Collection Systems Sdn Bhd創業

1998年:i2 Technologies社(米)のAlliance Partnerとなる

2000年:Magnus Management Consultant社(蘭)と合弁会社設立

2004年:日本・東京に(株)DATA COLLECTION SYSTEMS創立

タイ・バンコクにData Collection Systems (Thailand) Co., Ltd.設立

在庫&工程管理パッケージソフトInventoryMaster発表

2006年:中国・天津にData Collection Systems(China)Co., Ltd.設立

2007年:国内ベンチャーキャピタル2社から株式投資を受ける

2008年:日本法人(株)DATA COLLECTION SYSTEMSが持ち株兼事業会社となる

2009年:生産管理パッケージソフトProductionMaster発表 2010年:グループ設立15週年



海外の現地法人は? アジアの市場の動向は?:「海外生産」コーナー

独立系中堅・中小企業の海外展開が進んでいます。「海外生産」コーナーでは、東アジア、ASEANを中心に、市場動向や商習慣、政治、風習などを、現地レポートで紹介しています。併せてご覧ください。


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