会社はグローバルになったけれど、生産管理業務は相変わらず「ガラパゴス」? 海外移転に適さない仕組みを見抜く目を身に付けよう
前回の掲載から少し期間が空いてしまいました。この半年弱に感じたことをお話しさせてください。ひとことでいってしまえば、海外案件の増加です。特にタイの案件が増えているように思います。
先日も会社の登記や各種許認可申請を行うタイの日系コンサルタント会社の方からお聞きしたのですが、この半年間、いままで経験したことがないほど新規案件数が増加しているそうです。この場合の新規案件とは、新たな製造拠点の設立です。尖閣諸島騒動以降、中国に対する警戒感が強まり、その分、タイへの進出が増加しているのではと分析されていました。
自動車関連製造であれば、タイ国内に裾野産業が構築されており、それなりの進出メリットがあると思うのですが、猫も杓子(しゃくし)もという流れには少し疑問を感じます。ご存じのように、この数年、タイでは不安定な政治情勢が続いています。現地では、政治と経済は別といわれる方も多いのですが、カントリーリスクのヘッジはどこまでできているのだろうと思います。東南アジアには、ほかにも、タイに負けない投資条件の国がそろっています。一極集中ではなく、ある程度分散された投資が、地域経済の長期的な発展につながり、それは進出企業への恩恵となって戻ってくるのだと思うのですが……。
さて、本題を始めたいと思います。
筆者への問い合わせでも、タイを中心に海外製造拠点の新規設立に絡むシステム案件が増加しています。特徴としては、中小規模の海外製造拠点設立、また、このタイミングで海外進出を計画されている会社の多くは、完成品メーカーの国内製造の縮小に伴い、生き残りをかけた海外事業展開を目指されているケースが多いようです。
しかし、中小規模の事業規模で、かつ、国内だけで事業をされてきた会社が、新たに海外製造拠点を設立されるのは、なかなかにハードルの高いチャレンジです。取引先、商社、銀行などさまざまなルートを介して、現地情報を収集されているようです。
会社登記、各種ライセンス申請などの情報は収集できているようですが、システムに関する情報収集ではご苦労されているように見受けられます。海外にもネットワークを持つ大手SI会社、ITコンサル会社、欧米系パッケージベンダは費用が高く、中小規模の会社の要望には適しません。一方、国内でお付き合いしてきた中堅SI会社、中堅パッケージベンダは海外拠点が整っておらず、国内と同様のサービスは期待できないのが現実のようです。
では、次に、このコラムの主題である「生産管理システム」について掘り下げてみましょう。日本国内でも「動かないシステム」の代名詞のように揶揄(やゆ)されることの多い生産管理システムですが、海外ではさらにその傾向が強いようです。まず、海外には日本国内と大きく異なる事業環境があります。以下にまとめてみました。
こうした海外特有の事業環境の中でも、生産管理システム運用に大きな影響を与えるのが「人」の問題だと思います。日本国内に比べ、スキルレベルの低い方が多く、なおかつ、離職率が高いのが新興国の特徴です。一方、システム化への反対勢力、現場の方の強いこだわりが少ないという利点もありますが、やはり全体では、海外製造拠点の方がハードルは高いと思います。
そして、もう1つ大きな要因があります。生産管理システムそのものです。現実として、海外の製造拠点で最も一般的に使用されている生産管理システムは「Microsoft Excel」でしょう。これは中小企業だけの傾向ではありません。東証1部上場規模の会社でも、また標準ツールとしてERPパッケージを導入している企業でも多く見受けられます。本来、システムが導入されれば、MRP計算に基づいた購買オーダーや製造オーダーが作成されるはずです。しかし、現実にはMRP計算がちゃんとできず、生産管理の実作業を表計算ソフトウェアで代用しているケースは枚挙にいとまがありません。
では、どうしてこのようなことが起きているのでしょう?
一番の原因としては、生産管理システムが海外の事業環境に適応していないことが考えられます。特に、国内でそれなりの出荷実績のある製品に見受けられる傾向です。こうした製品は、国内ユーザーのさまざまな要件定義に対応するため、さまざまな機能が実装されてきました。しかし、海外製造拠点では必要としない機能も多く、また、スキルレベルの低い海外ユーザーには十分に使いこなせていません。言語テーブルを追加し、画面が多言語対応しただけでは、海外市場向けの製品ではないはずです。海外製造拠点で必要な機能を、使いこなせる形で実装したのが海外市場向けの製品ではないでしょうか。
また、国内の場合、それなりのアドオン開発を前提に、生産管理システム導入が実行されています。国内のSI会社にとっては、アドオン開発が大きな収益となっているのも現実です。
一方、海外では、ユーザースキルの問題から十分な要件定義が実行できない、また、現地パートナーのスキル不足のため、アドオン開発の低い品質、導入支援力不足がプロジェクトの大きな障害になっているケースが多々見受けられます。
項目 | 海外拠点の求めるシステム | 海外拠点に適さないシステム |
---|---|---|
1 | 海外の事業環境、現地ユーザースキルに合致した使えるシステム | 海外製造拠点の事業環境を考慮していないシステム(単に多言語対応した国内市場向け製品の輸出) |
2 | 現地での導入&保守サービス | 現地サポート拠点がない |
3 | 課題&問題点の重要度・緊急度に応じた展開が可能なシステム | パートナー経由のシステム導入(パートナースキルは国内と同等ではない) |
4 | 必要十分な機能を実装 | 機能が多過ぎて使いこなせない |
5 | スモールスタートが可能で、かつ拡張性のあるシステム | 初期費用が大きいシステム |
国内ユーザーには高く評価されていても、海外ユーザーの評価が低い生産管理システムは、高性能・高品質・豊富な機能を誇り、国内では圧倒的な市場占有率を持ちながら、海外市場では存在感の薄いMade in Japanの携帯電話に似通ったものを感じてしまいます。
◇ ◇ ◇
連載「情報システムから見た海外生産シフト」は今回でいったんお休みをいただきます。今後も、日本の製造業の海外シフトは続きます。同時に、新興国を中心としたアジアの事業環境も変化し続けるはずです。単発となるかもしれませんが、これからも、機会を見て、「海外情報」をお届けしたいと思います。いままでのご愛読ありがとうございました。
(株)DATA COLLECTION SYSTEMS代表取締役 栗田 巧(くりた たくみ)
1995年 Data Collection Systems (Malaysia) Sdn Bhd設立
2003年 Data Collection Systems Thailand) Co., Ltd.設立
2006年 Data Collection Systems (China)設立
2010年 Asprova Asia Sdn Bhd設立- アスプローバ(株)との合弁会社
1992年より2008年までの16年間マレーシア在住
独立系中堅・中小企業の海外展開が進んでいます。「海外生産」コーナーでは、東アジア、ASEANを中心に、市場動向や商習慣、政治、風習などを、現地レポートで紹介しています。併せてご覧ください。
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