日本企業のアジア拠点として人気のあるタイ。自動車産業を数多く受け入れてきた同国も経済成長とともに変容を遂げている。
2011年7月3日に行われたタイ総選挙で、野党のプアタイ党が、下院(定数500)の過半数である265議席を獲得しました。さらに、中小4政党との間で連立政権を樹立することで合意し、5党を合わせた議席数は計299となり、下院の約6割を占めることになりました。近くタイ史上初となる女性首相が誕生する見込みです。
今回の結果は、事前の世論調査で予測されていたので、国全体として冷静に受け止めています。事前に、タイ国軍からは、いかなる選挙結果も受け入れ、軍事クーデーターは起こさないという「タイらしいコメント」が発表されていました。ただし、初の女性首相となるインラク氏が、現在ドバイにいると伝えられる兄タクシン氏の早期復権を目指すと、国内に混乱が発生する可能性があります。
タイという国は、一部の特権階級に富の90%が集中しているといわれています。その上、タイには相続税がありません。つまり、日本のように相続税という形で富の配分を再調整することが一切なく、お金持ちはずっとお金持ちであり続ける社会制度になっています。
少し前にタイの国会で相続税導入の検討がされましたが、検討したのが相続税を適用される立場にある特権階級側の政治家なので、検討結果は推して知るべし……でした。
あまり海外で報道はされませんが、タイ国内の南北問題は大きな懸念事項です。都市部と地方の間には大きな収入格差があります。しかし、いままでは人口の半数を超えるえる地方、特に農村部の人たちは「サイレントマジョリティ」でした。
こうした地方の貧困層に政治参加意識を植え付けたのが、タクシン元首相です。2010年3〜5月に首都バンコクで、大規模な反政府集会を行った「赤シャツ(タクシン支持グループ)」の大半もこうした人たちによって構成されていました。
といても、一部には、地方に「ばらまき」をして一大票田にしただけとの批判もあります。事実、反政府集会の参加者に日当が支払われていたのは公然の秘密とされています。
タイで事業をされている方の中には、政治と経済は別物であるという方が少なくないのですが、これは「臭いものに蓋をしている」感があります。日本人特有の「皆で渡れば怖くない」心理が働いているのかもしれません。
ここ数年の政治の混乱は、ゆがんだ社会構造に起因した部分もあり、タイ事業におけるカントリーリスクとしてしっかり織り込むべきであると思います。
閑話休題。タイの政治談議を続けてもきりがないので、次の話題に移りましょう。
1997年7月、タイの通貨バーツの下落から始まった「アジア通貨危機」は、タイ経済に深刻なダメージを与えました。しかし、ひょうたんからコマではありませんが、それまで国策として規制していた自動車会社(完成車製造)の外国資本比率を緩和せざるを得なかったことで、実質の経営権が外国資本に移り、その後のタイ投資を呼び込むことになりました。その結果が、現在のタイ自動車産業の繁栄につながっています。
Tier1、Tier2、Tier3……サプライヤによる「すそ野産業(Supportive Industry)」の育成が重要な自動車産業が形成されたことは、タイ経済に大きな産業構造改革をもたらしたともいえます。
また、タイ自動車産業の立ち上がりは、東南アジア諸国連合(ASEAN)の動きとも同調しました。東南アジアを一大経済圏とするために、2000年以降、域内の輸入関税の段階的な見直しがされてきました。アセアン自由貿易地域(AFTA)構想です。現在までに、ASEAN主要6カ国(タイ、マレーシア、インドネシア、シンガポール、フィリピン、ブルネイ)では、共通有効特恵関税(CEPT)が前倒しで施行され、域内の生産物への輸入関税がほぼ撤廃されました。
こうした変革に先立ち、東南アジア地域の製造拠点では、東南アジアを1市場と捉え、効率的なサプライチェーンを構築するため、積極的な事業の統廃合が行われました。例えば、それまでは、それぞれの国でさまざまな製品を製造していた家電製品メーカーも、エアコンはマレーシア、冷蔵庫はタイといった具合です。
そして、自動車産業は、タイが域内の生産拠点になりました。現在は、タイで調達した部品を域内の完成車組立工場に輸出するモデルや、2010年から始まった日産マーチの日本への逆輸入モデルが話題になりました。タイの自動車産業が多くの外貨を獲得するまでに成長したのは、1997年の通貨危機を経験した筆者としては感慨深いものがあります。
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