ASEAN域内で最も経済的に発展しているシンガポール。小国土の中で経済成長を遂げるための政策や周辺国との関係を見ていきます。
当初、今回の連載ではシンガポールを取り上げない予定でした。しかし、アジア地域における企業の製造活動に、シンガポールは少なからず関与していることから、今回、シンガポールを取り上げることにしました。
さて、シンガポールからイメージするものは何でしょう?
「ガーデンシティー」「デューティーフリー」「東南アジアの金融センター」「都市国家」など、さまざまなイメージが喚起されるかと思いますが、どちらかというと好意的なイメージが多いのではないでしょうか。
最近では、アイドルグループ「SMAP」が出演するソフトバンクモバイルのテレビCMに出てくるのが、屋上プールで有名なホテル「Marina Bay Sands」です。ちなみに、このホテルのカジノでは、シンガポール人&シンガポール在住者には入場料がかかります。シンガポール政府の狙いは、海外からの観光客にお金を使わせることであって、自国民がギャンブルに興ずることではないようです。
筆者が初めてシンガポールを訪れたのは1984年です。30年ほど前のことですが、シンガポールは、周辺のアジア諸国とは異なる独特の雰囲気がありました。当時はまだ経済成長が始まる前のことで、1シンガポールドル=1マレーシアリンギット=1ブルナイドルと等価でした。シンガポール国内で買い物する時は、マレーシアリンギット紙幣がそのまま使用できた時代です。現在では考えられないことです。ちなみに現行レートは、1シンガポールドル=2.4マレーシアリンギット前後です*。
* 1シンガポールドルは約61円です(2012年2月14日現在)。
シンガポールは1965年8月5日にマレーシア連邦から独立して誕生した国です。当時のマレーシア政府の進めるマレー人優遇政策に反発して分離独立したのですが、実際は追放されたというのが真実です。独立を国民に伝えるテレビ演説で、初代首相となるリー・クワンユーが涙したのは有名な話です。
マレーシアから見放されたシンガポールが、その後、驚異的な経済成長を遂げ、貨幣価値で換算すれば2倍以上の価値を持つに至るとは、当時誰も想像できなかったことでしょう。
シンガポール | 日本 | |
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人口(百万人) | 5.18 | 127.45 |
GDP (100万USドル) | 22万2701 | 545万8797 |
1人当たりのGDP(USドル) | 4万3117 | 4万2783 |
実質GDP成長率 | 14.5% | 4.4% |
2010年ジェトロ統計より抜粋 |
2010年統計では、シンガポールの「1人当たりのGDP」は日本を上回りました。こうした実質的な経済指数で、アジアの国が日本を上回ったのは、初めてのケースではないでしょうか。シンガポールは、淡路島サイズの国土におよそ500万人が暮らす世界でも有数の小国です。天然資源は全くなく、毎日の飲料水まで隣国マレーシアから輸入しています。成功条件のほとんどを持たないシンガポールが、先進国レベルの経済発展を遂げたのは、シンガポール政府の手腕と言われています。
1980年代、シンガポールにも海外から製造業を中心とした投資が増加しました。Jurong、Bedokなどの工業団地は当時開発されたものです。しかし、1990年代以降、労働人口の限られるシンガポールでは、付加価値創出を目指す多種多様な経済政策が打ち出されました。
現在、シンガポール国内の工場の多くは、隣国マレーシアから通って来る「労働力」で成立しています。シンガポールとマレーシアの国境であるセカンドリンクは、毎朝シンガポールへ通勤するマレーシア人で大混雑です。
ここで、過去20年間の主要な経済政策を見ていきましょう。
この2島はインドネシア領ですが、シンガポールからフェリーで30分ほどの距離です。材料の仕入れ、完成品の輸出共に、シンガポールを経由することで、シンガポールの貿易収支に貢献しています。
製造業を中心に、多くの大企業が、東南アジア地域の資材調達センターをシンガポールに設置しています。また、輸出入決済を支える金融システムも整備されています。
ちなみに、アジア地域の一般的な商習慣として、小切手による支払いがあります。企業でも買掛金の支払いには、期日までに小切手を送付するのですが、唯一、シンガポールは銀行口座からの振り込みが一般化しています。
上記のIPOにも関連するのですが、製造業に限らず、金融サービス、小売流通、貿易などの業種でも、多くの多国籍企業がシンガポールに地域本社を設置しています。
いまでは、アジア各国の証券取引所が、外国企業の株式公開を認めていますが、その先鞭(せんべん)をつけたのがシンガポール証券取引所(SGX)です。当初は、中国企業の上場が相次ぎ、情報公開、企業統治(ガバナンス)などの不備から、平均株価が低迷する時期もありましたが、現在では、東南アジア最大の証券取引所となり、日本企業も数社が上場しています。
CPFは年金制度の1種なのですが、特徴としては非常に高い源泉徴収率があります。被雇用者は月額給与の20%、雇用者は14.5%の合計34.5%が源泉徴収されます。この年金を活用しているのが、政府系投資会社であるテマセク・ホールディングス(Temasek Holdings:http://www.temasek.com.sg/)です。近年は、シンガポールのみならず、アジアを中心とした諸外国にも積極的に投資を行い、世界の金融市場で存在感を示す政府系投資ファンドとなっています。
そんなシンガポールですが、実はとても不思議な国です。小さな国土に500万人が暮らすために、さまざまなルールや規制が設けられています。例えば、人口の80%以上はHDB(Housing and Development Board)と呼ばれる公共住宅に住んでいます。国土の狭いシンガポールでは、一軒家は大変高価なものです。そのため、国民の大多数が郊外の団地に暮らしています。また、シンガポールの車購入費用は世界一高いかもしれません。入札による車両購入権、各種税金を加えると、車両価格の4〜5倍が必要です。まあ、国土の端から端まで走行しても1時間とかからない国では、車はぜいたく品なのでしょう。
よく知られた話ですが、シンガポールではチューインガムが禁止されています。食べることはもちろん、国外から持ち込むこともできません。これは20年以上前のことですが、開通したばかりのMRT(地下鉄)車内の椅子にガムを付けるいたずらが多発し、怒ったリー・クワンユー首相(当時)がガム禁止の法律を作ってしまったためです。この法律の一番大きな犠牲者は、シンガポールから撤退せざるを得なかったリグレー(Wrigley:アメリカのガムメーカー)でしょう。
また、生活面でもさまざまな罰則が存在します。街中でごみを捨てても、トイレで水を流し忘れても、自宅敷地内で蚊を発生させても、全て罰金が科せられます。国土が小さい上に、規則だらけの国に生まれ、暮らしていくのは、外から見るととても大変なことに思われるのですが、シンガポール人は自国に高い誇りを持っています。
そのシンガポール人気質をとてもよくいい表しているのが、「キアス」という言葉です。キアスとは、福建語が基になったシングリッシュ(シンガポール流英語)で、「人より得をしたい」「人に負けたくない」という意味です。小国シンガポールがさまざまな困難を克服し、現在の地位を築く中で培ったのがキアス気質かもしれません。
しかし、今後、シンガポールに求められるのは、地域経済発展へ向けた貢献のはずです。そのためには、脱キアスが必須条件かもしれません。
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次回は、東南アジアシリーズの最終回となる「ベトナム」です。ここ数年、製造拠点として脚光を浴びるベトナムの実情をお伝えします。
(株)DATA COLLECTION SYSTEMS代表取締役 栗田 巧(くりた たくみ)
1995年 Data Collection Systems (Malaysia) Sdn Bhd設立
2003年 Data Collection Systems Thailand) Co., Ltd.設立
2006年 Data Collection Systems (China)設立
2010年 Asprova Asia Sdn Bhd設立- アスプローバ(株)との合弁会社
1992年より2008年までの16年間マレーシア在住
独立系中堅・中小企業の海外展開が進んでいます。「海外生産」コーナーでは、東アジア、ASEANを中心に、市場動向や商習慣、政治、風習などを、現地レポートで紹介しています。併せてご覧ください。
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