とはいえ、リアルなシミュレーションには問題もあります。一番大きいのは、何しろ、コストが掛かること。学校や職場の避難訓練程度であれば、パターンとしてはかなり定型的で、その訓練にかかる時間くらいしかコストが掛からないと言ってもいいかもしれません。しかし、製品開発でリアルな実験をする際には(特に壊したりする際には)、その分だけ実物を用意しなければならないし、考えられる全てのパターンがシミュレーションができるわけではないのです。
そこで、実際にはバーチャルなシミュレーションが、有効性を発揮するということになります。
「おっと、それならガンガンやってますよ」と言う声が聞こえてきそうですね。そうそう、われわれのような分野の人間であれば、構造解析、FEMといった言葉が連想されます。俗にいうCAEですね。何をしているのかといえば、実際の物体をバーチャルに定義して、その物体の挙動を模擬的に表現して、それを確認するわけですね。当然、これはある種のシミュレーション。
ところで、このCAE、いまでこそ設計者も使えるようになって3次元データとの連携が密になっていますが、私が社会人の駆け出しでやっていた頃は、まだまだ別の世界でした。つまり、わざわざシミュレーションのためのデータを作っていたのです。つまり、3次元データとシミュレーションって、別な世界のものでした(少なくとも当時の私にとっては)。
ところで、シミュレーションは別に構造解析だけではないのは、私がわざわざ言うまでもなくご存じの方も多いでしょう。モノに直接関係するだけでも、機構解析をはじめとしてさまざまなものがありますし、モノを作るという分野にしても工場のアセンブリラインのシミュレーション、ロボットのシミュレーションが身近になっています。
なぜ、それが実現できたのか。それは3次元のデータの普及率が上がり、3次元データを扱うツール間の垣根が低くなってきたからだと思います。これは、シミュレーションの基になるデータ作成の手間を大きく削減することになります。また、精巧な形状をシミュレーションで用いることで、現実の状況を必要以上に簡素化することなく、より現実に即した環境をシミュレートすることができるようになってきました。これからも、このシミュレーションの技術は、どの領域においてもさらに進歩していくものと思われます。
「3次元データがある」というだけでさまざまな可能性が見えてくる。それなのに3次元データをどのような形式で持っていたとしても、「○○にしか使わない」というように、利用の領域を限ってしまうのは、とてももったいない使い方のような気がしてなりません。
さて、ここでは「3次元データは、バーチャルなモノである」という定義をしてみます。3次元データをベースにしたCGや映画だって、要するに3次元データで構築されたバーチャルな世界を、ある方向からのカメラで撮っているにすぎません。つまり、そこにできているのは、私たちの世界の鏡の世界というと少々大げさでしょうか。だから、この世界では危ないことでも、「想定外」の事でもいろいろなことを試すことができるわけですね。おっと有事のシミュレーションにつながってきたかな。
それから、有事とは言っても、別に震災とか天変地異とか戦争だけが有事ではなく、個人や会社にとって有事も多種多様で、そのレベルもさまざまです。でも、どのレベルにおいても何か“常でないこと”が起きたときに、動きが止まらないこと、止まっても最小の時間で動き始めること。そして、それが継続していくことが求められます。それを考えていくためには、シミュレーションがとても有効なツールといえると思います。
そして、その基となり得る3次元のデータには、少し大げさに言えば、私たちの世界の生き写しを作る力があります。もちろん、自分のところだけで作っている3次元データだけでどうにかなるものなのか……、という声もあるかもしれませんが、昨今ではさまざまな分野の、さまざまな人たちが3次元データを作っていますから、ひょっとしたら3次元で私の有事、わが社の有事、わが町の有事をシミュレーションできるのかもしれません。
例えば、実際に提案された例としては少し前のものですが、3次元VRを活用した高齢化社会の避難シミュレーションの事例なんてものがあります。モデリングされた設備のデータに、高齢者の固有特性を活用した解析を行い、安全対策を行うわけです。まさに平時においてさまざまな非常時の状態、3次元データを活用して目に見える形で対策を取っていくわけですね。自分の家や、オフィスなどをモデリングして、それに対して、例えば地震時や火災時の建物な内部の被害の状況、ありえる人の行動パターンのさまざまなシミュレーションなんてことも考えられますよ。
「事業の継続」ということでは、どうでしょうか。最近はフルに3次元で製品設計をすることで、PDMの導入が増えていて、管理されている情報の中にはサプライヤなどの情報もあるでしょう。もしある部品を調達できなかったら、その製品はどうなるのか、代替品を購入したり、調達先を変えたりした場合にその製品はどうなるのか。何か設計を変えなくてはならないのか。そんなPDMからくる情報で、今度は3次元CAD上での製品設計を考え直していくなんてことも可能でしょう。それこそいろいろな状況がシミュレートできますよね。
シミュレーションを見るだけで、まるで起震車の中に乗るような体験はできないかもしれません。しかし、人間の脳は体験したことと、脳にビジュアル化されたイメージの区別はつかないそうです。ましてや3次元でリアルに体験したバーチャルな世界でも繰り返しシミュレートできれば、ある意味で“平時に有事を取り入れること”ができるのかな、などと考えています。AR(Augmented Reality:拡張現実感)なんかに応用しても面白そうですね。
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