さて、国連により「後発開発途上国」に指定されているカンボジア。代表的な経済指標を見る限り、確かにその通りなのですが、これだけでは見えてこない実像があります。カンボジアに限らず開発途上国では、都市部と農村部の国内格差が存在します。カンボジアの首都であるプノンペンに限れば、都市人口約2000万人の過半数は世帯年収が5000米ドルを超えているといわれています。2011年から2012年では、プノンペン市の自動車登録台数は18%増加しています。
こうした首都周辺の実経済をベースに、外資系大手スーパーとして初めてカンボジアに出店するのが日本のイオンです。プノンペン市中心から3kmほどのロケーションに得意の郊外型ショッピングモールを建設中です。何年か先には、その駐車場が自家用車で埋まる日が来るのでしょう。また、家電量販店のノジマも2014年のカンボジア出店を計画しています。こうした小売流通業の進出は、東南アジアで最貧国に位置付けられているカンボジアでも、(地域限定ですが)消費市場としてのポテンシャルが高まっている証拠といえましょう。
ここからは製造業関連の状況について話しましょう。前回のコラムで紹介したベアリング製造大手のミネベア社に加え、幾つかの自動車部品製造メーカーがカンボジア進出を果たしています。
通常「Tier 1」と呼ばれる自動車部品1次メーカーは、自動車組立工場の進出国に展開するケースが一般的ですが、現時点では、カンボジア国内に自動車の組立工場は存在しません。カンボジアへの進出目的は、タイの大規模なマザー工場では採算が取れなくなった労働集約的な工程を、労働賃金の低いカンボジア工場で行う分散生産体制確立のためといえます。その典型が、矢崎総業、住友電工の主力製品であるワイヤハーネス製造です。ワイヤハーネス製造は人手による組み立てが主流であり、今までも労働賃金の低い国・地域を求めて製造拠点を展開してきました。
では次に、「タイプラスワン戦略」から見た製造拠点としてのカンボジアのポテンシャルを考察してみましょう。
プノンペンの一般ワーカー月額賃金は70〜80米ドルです。これはホーチミンの2分の1、バンコクの4分の1以下のレベルです。労働集約型の製造業からすれば「残された楽園」といえましょう。
しかし、カンボジアに進出している企業からは、若干異なる実態が伝わってきます。まずは識字率の低さ、つまり教育レベルの問題です。若年層はまだしも、ある一定の年代となると全く学校教育を受けていない人たちが少なからず存在します。これはポル・ポト政権、その後に続く混乱期が起因しています。同じ内容のトレーニングを施した場合、近隣諸国の製造拠点に比べ、カンボジアの一般ワーカーの修練度上昇カーブは緩やかなようです。
また、企業の求人活動の苦労も多いと聞いています。実際のところ、カンボジアでは、企業の求人活動は一般的ではありません。進出企業は、カンボジア人の人事担当者が近辺の村を訪れ、村長に労働者提供の依頼をするのが、実際の求人活動です。よって、通常であれば、応募者を面接の上で採用決定するところ、カンボジアでは、その村が提供した人材をできるだけそのまま採用しなければならないそうです。こうした状況は、今後、進出企業が増えてくれば変化していくのでしょうが、現時点では、進出企業の多くは先駆者としての苦労を重ねているようです。
筆者個人としては、不幸な歴史が繰り返されたカンボジアが、「タイプラスワン戦略」をきっかけに、豊かな国へ変わって行くことを願っています。しかし、残念ながら、労働賃金の低さを背景とした製造セクターへの投資が、中長期的に、この国を豊かにしていけるのか大きな疑問を感じています。カンボジアへの製造拠点シフトはまだ緒に就いたばかりです。他の開発途上国同様、民間企業だけではなく、政府間を含めた枠組みの中で、中長期の成長戦略の策定が求められています。
最後に、カンボジアといえば忘れてならないのがアンコール・ワット遺跡です。筆者の17年に及ぶ東南アジア在留中に訪れた場所で再訪したいところが2カ所あります。インドネシア・バリ島のウブドと、このアンコール・ワット遺跡です。日本からシェムリアップ(最寄空港)へは直行便が就航していないため、知名度の割にはメジャーな渡航先ではないようですが、アンコール・ワットを中心とした遺跡群は必見です。機会を作ってでも訪れる価値があります。
次回の知っておきたいASEAN事情では、「タイプラスワン戦略におけるラオス」を取り上げる予定です。お楽しみに。
(株)DATA COLLECTION SYSTEMS代表取締役 栗田 巧(くりた たくみ)
1995年 Data Collection Systems (Malaysia) Sdn Bhd設立
2003年 Data Collection Systems Thailand) Co., Ltd.設立
2006年 Data Collection Systems (China)設立
2010年 Asprova Asia Sdn Bhd設立- アスプローバ(株)との合弁会社
1992年より2008年までの16年間マレーシア在住
独立系中堅・中小企業の海外展開が進んでいます。「海外生産」コーナーでは、東アジア、ASEANを中心に、市場動向や商習慣、政治、風習などを、現地レポートで紹介しています。併せてご覧ください。
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