地球への帰還後、貴重なサンプルが地球大気によって汚染されるのを防ぐために、サンプルコンテナには気密性が求められる。
初代の地球帰還カプセルでは、バイトン(フッ素系ゴム)のOリングがシーリングに使われていたが、実は、これには“完全な気密性”はなく、少しずつ気体が透過してしまうという問題があった。そのため、カプセル回収後、速やかに窒素環境に置く必要があった。
この初代での経験を踏まえ、「はやぶさ2」では気密性をより高めるために、金属だけのメタルシールに変更になった。
「『はやぶさ2』のミッションだけに限れば、バイトンのOリングでも意義は失われない」(澤田氏)とのことだが、将来のミッション、例えばもっと遠い小惑星や彗星からのサンプルリターンで、サンプルに水や氷が含まれているようなときには、ほんのわずかではあるが大気を透過させてしまうOリングは使いたくない。「はやぶさ2」でのメタルシールの採用は、将来のミッションを見据えたものなのだという。
実はこのメタルシール、初代でも検討されたのだが、コンテナのふたをしめる力が弱かったため、メタルシールの採用を諦めた。実際に採用されたバイトンのOリングであれば、シール面に何かゴミなどが付着したとしても、Oリングが変形するのでシーリングは保たれる。しかし、金属だけのシールだと、より大きな力でしめないとシール性能は保たれない。
地上でメタルシールは一般的だが、通常はしめるのに1t以上の力が使われるという。はやぶさシリーズのような小さな探査機で、これほどの大きな力を実現することは技術的に困難だが、初代の約100kgから「はやぶさ2」では約200kgに強化した。さらに、シールの歯が当たる角度などを工夫することで、何とかめどが立ったとのことだ。
気密性が向上したことで、ガスの分析も可能になると期待されている。「はやぶさ2」では、ガスの分析も最初から考慮した設計になっており、サンプルコンテナの底を一部だけ薄く変更。カプセル回収後、この部分に特殊な真空装置を取り付けて、外部から穴を開けてガスを採取する計画だ。
「はやぶさ2」の開発について、1つ付け加えておきたいことがある。それは、初代の開発当時に比べ、無重力実験(正確には微小重力実験)環境に大きな変化があったことだ。
初代の開発当時、日本には、北海道と岐阜県に大型の無重力実験設備があった。北海道上砂川町には地下無重力実験センター(JAMIC)、岐阜県土岐市には日本無重量総合研究所(MGLAB)という地下の縦穴を利用した設備があり、それぞれ、約10秒と約4.5秒の無重力落下実験を行うことができた。当然ながら初代の実験でもこれらの施設が使われた。ところが、2003年にJAMICが、2010年にMGLABが相次いで閉鎖してしまい、現在、日本でこのクラスの実験ができる地上設備はなくなってしまった。
真空環境や温度環境と違い、無重力環境は、地上でなかなか模擬することが難しい。特に、サンプラーのような装置では、重力の有無によって粒子の挙動が大きく変わるため、どうしても無重力実験が必要になる。「はやぶさ2」のサンプラー開発では海外の実験設備を利用するしかなく、既にドイツで2回の実験を行っているのだが、国内でやれた当時とは異なり、そう頻繁に行えないのが現状だ。
ただ、北海道赤平市の植松電機には、北海道宇宙科学技術創成センター(HASTIC)の50m落下塔「コスモトーレ」があり、2.5秒程度の無重力実験を低コストで行うことが可能だ。弾丸が当たってサンプルが格納されるまでの模擬には不十分だが、「基本的な現象は当たった瞬間の1〜2秒の間」(澤田氏)とのことなので、今後、実験に利用されるかもしれない。
無重力実験は、国際宇宙ステーション(ISS)のウリの1つでもあるが、コストや準備期間を考えれば、そうそう使えるものではない。「10秒以下でいいから安く実験したい」というニーズに国内で応えられないというのは、ちょっと考えさせられるところだ。(次回に続く)
大塚 実(おおつか みのる)
PC・ロボット・宇宙開発などを得意分野とするテクニカルライター。電力会社系システムエンジニアの後、編集者を経てフリーに。最近の主な仕事は「小惑星探査機「はやぶさ」の超技術」(講談社ブルーバックス)、「宇宙を開く 産業を拓く 日本の宇宙産業Vol.1」「宇宙をつかう くらしが変わる 日本の宇宙産業Vol.2」(日経BPマーケティング)など。宇宙作家クラブに所属。
Twitterアカウントは@ots_min
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