順調にミッションをこなしている小惑星探査機「はやぶさ2」。サンプルを持ち帰るための帰路で重要な役割を果たすイオンエンジン「μ10」は、はやぶさ初号機で見いだした課題を解決するために3つの改良を施している。さらなる次世代型の開発も進んでおり、2021年度打ち上げの「DESTINY+」に搭載される予定だ。
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前編では、イオンエンジン全体の概要と、はやぶさ初号機に搭載されていた「μ10」について説明した。はやぶさ2にもμ10が搭載されているのだが、これは名前こそ同じものの、初号機で発生したトラブルへの対策を反映させ、さまざまな改良が施されている。どこがどう変わったのか、はやぶさ2でイオンエンジンの開発を担当したJAXA宇宙科学研究所 宇宙飛翔工学研究系 准教授の西山和孝氏の話を基に、本稿で詳しく見ていくことにしよう。
まず、初号機のμ10で大きな問題となったのは、中和器の劣化だ。中和器Bが約1万時間、中和器Cが約1万2千時間、中和器Dが約1万5千時間で、電圧が上昇。使用不能または推力制限状態となってしまった。
もともと、μ10の設計寿命は1万5千時間程度であったため、中和器Dについては仕方ないともいえるが、打ち上げ前に実施していた2万時間の地上耐久試験では、この電圧上昇は、1万8千時間以降で発生していた。宇宙でより早く問題が発生したのは、地上耐久試験が実際の使用環境の温度変化まで模擬していなかったためとみられる。
耐久試験後、電圧が上昇した中和器を分解して調べたところ、「中が金属だらけだった」という。中和器内部では、キセノンイオンが内壁にぶつかって電子を受け取る。このときにスパッタ(金属表面から原子が飛び出すこと)が発生。それが堆積し、何らかの拍子で剥離すると、さまざまな悪影響を引き起こすと考えられる。
しかし、キセノンイオンが中和器の壁面にぶつかるのは、原理上必要なことで避けられない。そこで、新型のμ10では、磁場を強くすることで動作電圧を低減。衝突速度が下がり、現象の進行速度を半分程度に抑えることができた。劣化の速度を半減すれば、寿命は2倍になる計算だ。
はやぶさ2の耐久試験では、温度変化まで再現したものの、5万8千時間が経過した取材時(2019年8月)でも、問題は起きていない。西山氏は「このμ10なら壊れるとは思えない」と新型の耐久性に自信を見せる。
ただ、はやぶさ2の累積運転時間(4台の合計)は、初号機よりも短くなる予定。往路は1万8千時間程度で、往復でも「多分3万時間はいかない」という。西山氏は「中和器の改良の成果を試すほど長く運転できない」と笑うが、地球に帰還後、別の天体を目指すことになれば、そのときに成果を生かせるかもしれない。
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