新型μ10の3つの改良点、次世代型はDESTINY+へ〜イオンエンジンの仕組み【後編】〜次なる挑戦、「はやぶさ2」プロジェクトを追う(16)(2/4 ページ)

» 2019年10月16日 10時00分 公開
[大塚実MONOist]

改良点その2:信頼性の向上

 初号機では、打ち上げ直後からイオン源Aのプラズマ点火が不安定で、スラスターAが早々に使用不可になっていた。もともと必要なのは3台で、1台多いのは予備分だったとはいえ、早い時期に予備を失ってしまうのは運用上大きな痛手になる。はやぶさ2で、同じ問題を繰り返すわけにはいかない。

 初号機の開発中、探査機を丸ごと真空チャンバーに入れて、イオンエンジンを点火する試験を行っており、このとき、動作に問題無いことは確認していた。しかしその後、ジンバル駆動試験時の不具合で破損したため、スラスターAのみ、マイクロ波のケーブルを予備部品に交換していた。打ち上げ時期が迫っており、もう一度試験することができなかったのだが、これが原因と推測される。

 初号機では、そういう特殊な事情があったわけだが、はやぶさ2では、真空試験で最終確認しており、同様の問題は起きないはずだ。だがそれだけではなく、はやぶさ2では、さらなる信頼性向上を目指した対策も施されている。

イオンエンジンの噴射も確認 宇宙環境を模擬した熱真空試験において、イオンエンジンの噴射も確認(クリックで拡大) 出典:JAXA

 初号機の問題の直接的な原因はケーブルの交換だったが、より本質的な要因は、「性能の余裕の無さ」だった。初号機の性能は要求値ギリギリだったため、スラスターは1台1台をチューニングして、ようやくその性能に達していた。

 しかし今後、イオンエンジンをより広く使っていくためには、そんなにデリケートでは困る。新型のμ10では、「実際のキセノンの流量が最大3.5sccm(1sccmは1分当たり1cm3の流体が流れる)であるのに対し、5sccmでもプラズマが点火することを確認している」という。これで、個別のチューニングは不要となり、スラスター各部の寸法は全て同じで良くなったそうだ。

改良点その3:推力の強化

 イオンエンジンの特徴は、推力が小さい代わりに、燃費が非常に良いことである。とはいえ、推力が小さすぎると、加速に時間がかかりすぎて、運用に余裕が無くなってしまう。初号機のμ10は開発に苦労しながら、なんとか8mNという要求をクリアしたのだが、その後も引き続き推力アップの研究を続け、はやぶさ2では10mNへの強化に成功した。

 はやぶさ2の重量(打ち上げ時)は約609kg。初号機の510kg(同)から2割ほど増えたのだが、イオンエンジンの推力も2割以上アップしたため、同じくらいの加速が可能となっている。

 推力を強化するために行ったのは、キセノンの供給口の追加だ。イオン源は、じょうごを寝かせたような形状をしている。細くなっている部分は導波管と呼ばれ、ここからマイクロ波を導いているが、従来は、キセノンガスもここから供給していた。

 しかし、マイクロ波とキセノンを同じところから供給すると、導波管の内部でプラズマ化が進行して、そこでエネルギーを吸収し、マイクロ波が全体に伝わらないという問題があることが分かった。通常、ガスの流量を増やせばそれだけ推力も大きくなるが、この問題により、8mNで頭打ちとなり、それ以上流しても逆に推力が小さくなってしまっていた。

 この問題を解決するため、新型のμ10では、供給口を放電室側に8カ所追加した。キセノンを放電室内に直接供給すれば、導波管側でプラズマ化するのを避けられるというわけだ。

 そして、導波管側のガス(A)と、放電室側のガス(B)の最適な比率を調べたところ、A:B=1:2にすれば良いことが分かった。Bをより増やした方が最大推力の面では有利だったものの、非線形性が強く、扱いにくかった(下図の緑線)。Aをより多めにすると、直進性が高く、癖が無かったため、こちらを採用した(同青線)。

イオン源を改良 イオン源を改良。放電室側にもキセノンの供給口(図中のB)を追加した(クリックで拡大) 出典:JAXA

 ただ、現在は当時よりさらに研究が進んでおり、「次の世代では、導波管側のキセノン供給は廃止しようと思っている」(西山氏)とのこと。さらに磁石の配置の改良なども行っており、すでに12mNが出せるめども付いているそうだ。

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