「はやぶさ2」の化学推進系は、どのように改善が図られているのか。大きなトラブルに見舞われた「はやぶさ」初号機の化学推進系について取り上げた【前編】に続き、今回の【後編】では、はやぶさ2で施された対策について具体的に見ていくことにしよう。
「はやぶさ」初号機で、深刻なトラブルが発生した化学推進系(RCS:Reaction Control System)――。
「はやぶさ」のRCSについて、概要を述べた【前編】に引き続き、この【後編】では、宇宙航空研究開発機構(JAXA)/月・惑星探査プログラムグループ(JSPEC)の森治助教のコメントを交えながら、「はやぶさ2」で具体的にどのような対策が施されているのかを見ていくことにしよう。
初号機では、まずA系・B系あるRCSのうち、B系で燃料漏れ(リーク)が発生した。事態発覚後、すぐにバルブを閉めたことで燃料漏れ自体は止めることができた。しかし、燃料漏れを起こしたB系のみならず、A系までもが凍結してしまい、RCSの全系統が正常に動作しなくなってしまった。分析によると、この凍結の影響により、その後、RCSのどこかが破損してしまい、残っていた燃料も全て失ってしまったと考えられている。
そのため、「はやぶさ2」では、(1)そもそもの原因となった燃料漏れを防ぐための対策と、(2)もし漏れたとしても、RCSの全系統が使用不可能になる事態を防ぐための対策が立てられた。
先に、上記(2)から説明しよう。
前回述べたように、RCSはA系・B系と冗長化されており、もし一方で問題が起きても、もう一方は使えるように考えられていた。ところが初号機では、B系とともにA系も凍結。両方が同時に使えなくなってしまった。設計上、確かに配管そのものは2系統に分離されていたが、「熱的には結合されていた」と森助教はその原因を語る。
初号機のRCSでは、A系とB系の配管が隣接していた。そのため、一方が凍結すると、もう一方も冷えてしまう。なぜこういう構造になっていたかというと、それは推進剤を最適な温度に保つためのヒーターの数をなるべく少なくする必要があったからだ。同じ経路を通っていれば、ヒーターを共有できる。逆に、別々の経路を通せば、それぞれにヒーターが必要になってしまう。
初号機の事故を受け、「はやぶさ2」のRCSでは、熱的にも分離するために配管の経路を完全に分けた。空間的に離れた場所を通っているのだ。これにより、「はやぶさ2」のRCSで使うヒーターの数は、初号機の2倍近い80個程度になってしまうが、信頼性向上のためにはやむを得ない選択といえるだろう。もし初号機と同じように、B系から燃料が漏れたとしても、この設計であればA系の凍結は防げるはずだ。
そもそも、なぜ燃料が漏れ出したのか、原因としては複数の説が考えられている。そのため、上記(1)としては、さまざまな対策が施された。データが失われたため、何が起きたのか特定することは難しいものの、初号機で燃料漏れが起きたのは確実なわけで、「念には念を」といった対策も含まれている。主な対策を表1にまとめた。
原因 | 対策 | |
---|---|---|
説(1) | コンタミ(微小なゴミ)が挟まり、バルブが閉じなくなった? | バルブの洗浄方法の見直し、駆動回数の最小化 |
説(2) | 配管の溶接が破れた? | 溶接箇所の削減、溶接手順の見直し |
説(3) | 弁の電線に絶縁不良が発生してバルブが誤動作した? | 電線のつなぎ目を全てコネクタ接続にする |
説(4) | 姿勢制御の細かい開閉でバルブの耐用回数を超えた? | 使用回数を常に確認できるようモニター監視項目を見直した |
表1 初号機での経験を受け、「はやぶさ2」で行った主な対策 |
その他、酸化剤タンクが「金属ダイヤフラムタンク」から「表面張力タンク」へと変更されているが、これは燃料漏れとは直接関係ない。初号機で特に不具合は起きなかったものの、金属ダイヤフラムの挙動に不確実な面があったため、今回、酸化剤タンクを新規に開発したそうだ(両タンクの方式の違いについて、説明すると長くなってしまうので、ここでは割愛する)。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.