はやぶさ2のターゲットとなる小惑星「1999JU3」の表面に、人工クレーターを作り出す装置「インパクタ」。それが実際にどのように使われるのか、今回は、小惑星近傍での“運用”に焦点を当ててみたい。
前回は、小惑星探査機「はやぶさ2」に搭載される新開発の装置「インパクタ(衝突装置)」の仕組みについて述べた。今回は、それがどのように使われるのか、小惑星近傍での“運用”に焦点を当ててみたい。
インパクタの目的は、前回述べたように、小惑星表面に人工クレーターを作り出すことだ。当然ながら、そのためにはターゲットとなる小惑星「1999JU3」に衝突体を当てる必要があるのだが、これは決して簡単なことではない。
1999JU3の直径は、1km程度と予想されている。初代はやぶさ(以下、初代)の目的地であるイトカワの全長(540m)に比べれば大きいが、宇宙空間の中では小さな存在。しかも地球から遠く離れており、電波の遅延が大きくなるため、遠隔操作で狙いを定めて……というわけにはいかない。これは“深宇宙探査の宿命”ともいえるが、ほぼ自律で行う必要があるのだ。
「はやぶさ2」に搭載される衝突体に誘導機能は備わっていない。今回のように、狙う“的(まと)”が小さい場合、遠くから発射すると当てるのが難しくなるため、なるべく近づいてから撃つのが得策である。だが、近づき過ぎると探査機本体が小惑星に激突する恐れがある他、照り返しによる熱の問題もあるので、接近のし過ぎも禁物だ。
現在のプランでは、インパクタを小惑星の高度500m程度のところから分離し、ゆっくりと40分間ほどかけて降下させ、インパクタが高度100〜200m程度まで近づいたところで、衝突体を発射する計画だ。こうすることで、探査機が接近し過ぎるリスクを抑えつつ、命中する確率を上げることができる。
この「40分間」という降下時間には、実は“探査機を退避させるのに要する時間”という意味も含まれており(詳しくは後述)、この退避時間の長さが難易度を上げている側面がある。
分離してから40分後、インパクタの位置や姿勢は、重力や慣性などの影響を受けて変化している(小さいとはいえ、1999JU3には重力がある)。衝突体を命中させるためには、40分後にちょうどよい位置・姿勢になるよう、正確に分離しなければならない。ほんの少しの誤差であっても、40分後にはそれが累積して大きな誤差となってしまう。
インパクタに姿勢制御系や推進系が搭載されていれば、分離後の修正も可能なのだが、重量制限が厳しいこともあり、残念ながらそのような複雑な機構は搭載されていない。分離したら最後、インパクタは姿勢も軌道(位置)も一切制御できなくなるので、成功のためには「分離が全て。分離機構の精度と母船の位置・速度制御の精度が命」(宇宙航空研究開発機構(JAXA)/月・惑星探査プログラムグループ(JSPEC)の佐伯孝尚助教)なのだ。
まず姿勢については、分離時に60〜100度/秒くらいのスピンを与えることで安定させる。分離機構には、「ヘリカルスプリング」という一種のバネが採用されており、押し出しつつ回転を与えることで、自転軸の向き(=発射方向)を維持する。これは、初代の帰還カプセルの分離機構でも採用された実績のある技術だ。
このとき、回転軸のブレが発生しないことが理想だが、実際には回転中のコマが揺れるような運動(ニューテーション)が起きると予想される。初代でどの程度のニューテーションが発生したのか、残念ながら帰還カプセルに計測できるセンサーが搭載されていなかったために分からないが、「10度くらいのオーダーで生じる可能性がある」(佐伯助教)という。その分だけ発射方向がズレることになるが、小惑星までの距離が十分に近いので問題はない。
誤差のもう1つの要因は軌道だ。「はやぶさ2」では、前述のようにヘリカルスプリングを使ってインパクタを分離する。この放出速度は20cm/秒程度で、重力がなくても40分間で480mも進むことになるのだが、探査機本体を上昇させながら放出することで、降下速度を調整する(探査機の上昇速度は、1999JU3の重力の大きさも考慮して決定しなければならない)。
上昇速度や分離高度の誤差が大きければ、最悪、衝突体の発射前にインパクタが小惑星に落下してしまう。そのため、探査機には高度で10mオーダー、速度でcm/秒オーダーという高い精度での運用が求められる。
そして、同様に注意する必要があるのが、横方向(水平方向)への誤差である。1999JU3の半径は500mほどしかない。インパクタの分離時、探査機が水平方向に速度成分を持っていると、インパクタは目標点からどんどん離れていく。わずか20cm/秒ほどの相対速度でも、40分後には誤差の大きさが半径とほぼ同じになってしまうため、これでは発射しても当たらない。
そのため、水平方向の速度制御の目標もcm/秒オーダーとなるが、この程度の精度は初代の降下時に実現しているため、技術的には十分クリアできるとみられる。
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