Mobile World Congressで発表された取り組みからも分かるとおり、同社戦略の成功のカギを握るのが、オープンソースのソフトウェア・プラットフォーム「Android」だろう。モバイル/通信機器分野での普及もさることながら、現在、同社はMIPSアーキテクチャが広く採用されているデジタルTVやSTBなどのデジタル家電機器分野への展開を狙う。
グーグルのAndroid構想を初めて聞いたとき、同社は「モバイル分野でMIPSアーキテクチャを広く普及するチャンス」(中上氏)ととらえていたという。しかし、実際にAndroidに触れていくうちに、「Androidの適用範囲は、別に携帯電話/スマートフォンに限定しなくてもいいのでは? という思いが生まれてきた」と、中上氏は同社が2009年6月に打ち出した「Android戦略とMIPSアーキテクチャのAndroidプラットフォームのサポートの発表」の背景を語った。
グーグルのAndroid構想を聞いた直後、同社はすぐにセットメーカーや半導体メーカーを訪問し、非携帯電話分野へのAndroidの展開・可能性についてヒヤリングを開始した……。しかし、ほとんどのセットメーカーからは「Androidは携帯電話向けのOS。一切ほかのアプリケーションへの展開は考えていない」といった反応が返ってきていたという。「そんな中でもAndroidのポテンシャルを信じ続けた」と中上氏は当時を振り返る。
――「実際に動くものを見せれば、セットメーカーや半導体メーカーも“やれる”というイメージがわくだろう」(中上氏)。
この思いを胸に、2009年6月、同社はAndroidを非携帯電話分野の組み込みシステム向けに最適化し広く普及させることを目的とする一般社団法人「Open Embedded Software Foundation(OESF)」へ加盟。そして、MIPSアーキテクチャ向けに最適化したAndroidのソース・コードを60日以内に公開すると宣言したのだ。
Androidを携帯電話以外の組み込み機器へ展開することを目的とするOESFへの加盟は、Androidベースのデジタル家電の発展を新たなビジネスチャンスととらえ、期待を寄せる同社の動きをさらに加速させた。OESFでは、STBワーキンググループ、コンシューマー エレクトロニクスワーキンググループ、IPコミュニケーションワーキンググループ、システムコアワーキンググループ、マーケティング エデュケーションワーキンググループに参加し、メンバ企業と共同でMIPSアーキテクチャを使ったAndroidベースのSTBやVoIP端末の研究・試作開発に着手し、“実際に動くものを作る”ことを始めた。この活動の中では、Android戦略の公約どおりに同社が公開(2009年8月)した、MIPSアーキテクチャ用に最適化されたAndroidのソース・コードが用いられている。
――「『確かにできるね』という言葉がセットメーカーから返ってきた」(中上氏)。KDDI研究所をはじめとするOESF参加企業と協力し、ついに完成させたAndroid STBの試作機を展示会に出展したときのことをうれしそうに語った。ちなみに、この試作機については、Embedded Technology 2009 OESFブース・レポート「組み込みシステムを革新する−Androidイノベーション[2ページ目]」で紹介している。
本格的に活動を開始してから約半年。まず“動くものを見せる”ことで、開発コストの削減、組み込みLinuxで培ったソフトウェア資産の有効活用、豊富なフレームワーク、ライブラリによる開発の容易性など、必ずしも携帯電話に限らないAndroidの持つ可能性を示すことに成功したのだ。
「Androidは携帯電話以外の組み込み機器でも使える」。こうした認識が芽生え始めた一方で、「Androidの登場は、セットメーカーのCPUに対する見方に変化をもたらした」と中上氏。当然、処理能力、消費電力は製品企画における重要な要素であることは変わりない。しかし、いま、それ以上にセットメーカーが気にしている点があるという。
「それは、ユーザーの“使用感”だ」(中上氏)。Flashがサクサク動くか? ストレスなくWebブラウジングできるか? いわゆるUX(User eXperience:ユーザー・エクスペリエンス)の観点も製品企画に求められているというのだ。
「極論をいえば、AndroidでJavaアプリがサクサク動いてくれさえしたら、足回りなんて安くて、ストレスなく動くものであればなんでもいい」(中上氏)。CPUコアのIPをライセンスする立場として身も蓋(ふた)もないように思われるが、「でも」と中上氏は続けた。
――「でも、UXを突き詰めて考えると、われわれがもう一歩踏み込んで手を入れられる要素がある」(中上氏)。
中上氏はWebブラウジングを例にそのポイントを話した。「Javaのアプリから呼ばれるWebkitをMIPSアーキテクチャ向けに最適化してあげればどうか。従来ストレスなく動かすのに1GHz必要だったものが、500MHzで済むようになるかもしれない。そうなると、消費電力が抑えられる。そして、これによりヒートシンクが不要になるかもしれない」(中上氏)。
上位層、つまりアプリケーションを実行するという点だけでいえば、アーキテクチャによる差は見えづらいかもしれないが、実際に製品として組み込むときに、ヒートシンクが要るか要らないかにより熱設計も変わってくるし、筐体の厚みも当然変わる。つまり、目に見える差として違いが表れる重要なポイントとなり得る。「われわれがここまで手を入れることで、製品の作り込み段階で差を付けられる(=差別化できる)」(中上氏)。
Androidの登場は、「組み込みLinuxでは、思うようにコスト・工数削減に結び付かなかったが、Androidでそれが可能になる」「既存の組み込みLinux資産を有効活用でき、短期間で製品化できる」「クラウドと連携した新しいアプリ/サービスを容易に開発でき、ユーザーに提供できる」など、セットメーカーをはじめとするさまざまな企業が大きなビジネスチャンスととらえている。しかし、そこからさらに一歩踏み込んだ他社との差別化を考えたとき、“アーキテクチャの選定”は非常に重要な要素となるのだ。
「われわれは、Dalvik VM(Virtual Machine)、JavaのJIT(Just In Time)コンパイラ、Webkitなど、アプリケーションに依存しないAndroidのコア部分の最適化にも力を割いている。そして、その結果をオープンソースとして公開している」と中上氏は胸を張る。
現在、セットメーカーをはじめ、多くの企業がAndroidを搭載した機器開発に名乗りを上げ始めている。この追い風を受け、新たな市場の開拓とMIPSアーキテクチャのさらなる普及、そして、モバイル/通信機器分野でARM陣営への反撃の狼煙(のろし)を上げられるのか!? 同社Android戦略から目が離せない。
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