米メンター・グラフィックスのリアルタイムOS「Nucleus PLUS」は、極小フットプリント、ロイヤルティ不要などが受け、携帯電話をはじめ多くのコンシューマ機器で採用されている。Linux台頭に対しては、ミドルウェアから開発環境までの総合力で勝負。「Inflexion Platform」と呼ぶ、新しい開発支援ソリューションも打ち出し始めた。
※本稿は2007年7月時点の内容となります。メンター・グラフィックスの最新の取り組みについては、組み込み企業最前線(30)「メンターは組み込みソフトにコミットする」を参照のこと(2009/12/22)。
米メンター・グラフィックス(以下メンター)は“御三家”と称されるEDA(Electronic Design Assistant)ベンダ最大手3社のうちの1社である。LSI/SoCの機能検証(注1)、ESL(Electronic System level)設計・検証(注2)などの分野の製品に強みを持つ。また、45億ドルほどのEDA市場で7億9200万ドルの売上高(2006年実績)を持つ。
その一方でメンターは、組み込みシステム事業にも力を入れてきた。1995年に組み込み向けリアルタイムOS(RTOS)「VRTX」で知られた米マイクロテック・リサーチ、2002年には、やはりRTOSベンダの米アクセラレイテッド・テクノロジーを買収。現在は、アクセラレイテッドの主力製品だった商用RTOS「Nucleus PLUS」をベースに事業を展開する。同事業部ワールドワイドセールス・ディレクタのジェームズ E リトル氏は「ユーザーはソフト・ハード協調開発を指向し、開発ツールベンダにもトータルな支援を求めている。EDA事業を伸ばすうえでも、RTOSやミドルウェア、開発環境は重要だ」と強調する。
実際、Nucleusは商用RTOSとして高い成功を収めている。それは、次のような特徴があるからだろう。
こうした特徴からNucleusは、ハード制約が厳しく、単品当たりの出荷ボリュームが大きいコンシューマ機器でよく使われている。代表格は携帯電話端末である。リトル氏によれば、「2006年は全世界で約9億台の携帯電話端末が出荷されたが、そのうち約4億台が主にベースバンドを制御するRTOSとしてNucleusをポーティングしている。携帯電話端末は、ベースバンド処理とアプリケーション処理に別個のプロセッサを割り当てる2CPU構成であり(注)、ベースバンド処理のOSにμITRONを使っていることはよく知られているが、その“μITRON系”RTOSが実は、Nucleus(μITRON4.0に準拠したAPIを持つ「Nucleus μiPLUS」)というケースも多いようである。
ただ一方、アプリケーションがどんどんリッチになっている組み込み機器では、Nucleusを含めた従来型RTOSがLinuxに代表される高機能な汎用OSに置き換えられつつある。FOMA端末のようにRTOSと汎用OSがハイブリッド型で動作する機器もあるが、一般には、2つのOSを協調動作させるのは難しいとされ、リアルタイム性能を高めている汎用OSへ収れんされていくともみられる。そのためNucleusと同じく実績のある商用RTOS「VxWork」を擁する米ウインドリバーもLinuxへのコミットを強めている。これに対して、リトル氏は次のように指摘する。「われわれはユーザーニーズに合わせて製品を提供しているので、『これしかできません』というつもりはないし、Linuxを提供することもできる。では、LinuxのR&Dに投資するかといえば、答えはノーだ。なぜなら、Linuxへ一時的に流れたユーザーがNucleusへ戻ってきているからだ」。
確かにNucleusを見ていくと、Linuxに匹敵する機能性、拡張性を有している。前述したとおり、POSIX/C++APIを持たせることができるため、組み込み分野以外のアプリケーション開発者でも扱える。また、拡張オプション「Nucleus MMU」を使うと、MMU(Memory Management Unit)を内蔵するCPUにも対応し、メモリ保護機能の追加も可能である(一般的なRTOSでは、CPUのMMUを使用せず、複数タスクがメモリ空間を共有するため、タスク別のメモリ保護は行われない)。さらに拡張オプション「Nucleus DDL(Dynamic DownLoading)」を組み合わせると、外部からプログラムを安全にロード・実行できる。
そして、Linuxに引けを取らない豊富なファイルシステム、ネットワークスタック、さらにUSB、グラフィックス、セキュリティのスタックもミドルウェアとして提供している。例えば、USBに向けては、USB2.0準拠の組み込みシステム向けスタックを網羅し、Host/Function/On-The-Goの各機能、Low/Full/Hightの各転送レートをサポートし、マスストレージ、ヒューマン・インターフェイス・デバイスをはじめとするクラスドライバを取りそろえる。メンター・グラフィックス・ジャパン組み込みシステム事業部で日本・アジア地域担当リージョナル マネージャーを務める高松利光氏は「ARMならARM、MIPSならMIPSと、CPUに合わせてミドルウェアを一括でカタログ表示できるので、ユーザーは必要なものを簡単に選べるようになっている。これはLinuxにはないユーザーベネフィットだ」と話す。
そして、Linuxで弱点とされる開発環境が充実しているのも、Nucleusの特徴だろう。メンターはEclipseベースの統合開発環境「EDGE Developer Suite」を提供しており、エディタ、ビルダ、C/C++コンパイラやデバッガ、プロファイラ、シミュレータなど各種の開発ツールを統合している。つまり、その気になれば、ユーザーはRTOSからミドルウェア、開発環境までワンストップでメンターから供給を受けられる。「タイム・ツー・マーケットの短縮が求められている機器メーカーは、必ずしもLinuxがベストな選択とならないことに気付き始めている」(高松氏)。
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