今年から本格普及を始めたLinux搭載携帯電話。そこで使われる組み込みLinuxを提供するのがモンタビスタソフトウエアだ。コミュニティと連携しながら、PC向け汎用OSのLinuxを精巧な組み込みOSに磨き上げ、“Linux携帯”実現を底辺で支えてきた。次に狙うは、携帯電話以上にシビアさが求められる自動車分野だ。
2005年6月3日、「LinuxWorld Expo/Tokyo 2005」でのこと。NTTドコモ 移動機開発部ソフトプラットフォーム開発無線技術開発担当部長の照沼和明氏が行った「3G携帯端末へのLinuxプラットフォームの適用」と題する講演の中で、「2005年度は1000万台近いLinux携帯を出荷する」という発言が飛び出し、会場内は一瞬、少し息をのんだような感じとなった。
Linux携帯がいよいよ本格的に普及し始めている。ちょうど1年前のLinuxWorld Expoで、NECがLinux搭載携帯電話を参考出品していたことを思えば、わずか1年で隔世の感がある。IDC Japanの調査によれば、2005年第1四半期の段階で、国内で販売される携帯電話が搭載するOSの約27%がLinux。携帯電話は年間4000万台以上が出荷されるので、1000万台はむしろ控え目な数字かもしれない。世界的にも、1000万台という規模でコンシューマ機器に組み込みLinuxが採用されるのは初めてのケースになるだろう。
Linux携帯が動きだした背後には、米モンタビスタソフトウエア(以下モンタビスタ)の存在がある。NTTドコモのFOMA端末が搭載するソフトウェアプラットフォームのLinux版「MOAP(L)=Mobile Oriented Applications Platform(Linux)」のベースとなっているのが、モンタビスタの組み込みLinux「MontaVista Linux」だからである。
FOMA端末向けソフトウェアプラットフォームには、英シンビアンのSymbian OSを採用した「MOAP(S)」もあるが、ドコモ端末でシェアの高いパナソニックとNECが採用するMOAP(L)が数量で上回りそうだ。ちなみにNTTドコモは2004年12月、パートナ関係を深めるためモンタビスタに資本参加を果たしている。
この状況について、モンタビスタの日本法人、モンタビスタソフトウエアジャパンで代表取締役社長を務める有馬仁志氏は次のように話す。「組み込みLinuxが1つのブレークポイントを迎えた。この3年間、Linux携帯を実現するために、水面下でずっと動いてきたことが、ようやく見える形で実を結び始めている。これから加速度的に成果が表れてくる」。
モンタビスタにとって、FOMA端末のような3G端末での採用実績は大きな意味を持つ。多機能化を追求する3G端末では、従来多くの携帯電話で組み込みOSとして使われていたiTRONではシステム基盤としての能力不足(不足分を補う開発の増大)がはっきりしており、数年前から汎用OSのLinuxに注目が集まっていた。
ただ、低消費電力、省メモリサイズ、安定性、高速ブートなどのどれを取ってもハイレベルなスペックが要求される携帯電話にLinuxが入り込むのは簡単ではないとも指摘されていた。「昨年辺りまで、携帯電話にわれわれのLinuxが組み込まれるといっても、開発当事者以外は皆、半信半疑だったと思う。われわれとしても開発が進んでいることは分かっていても、実際にモノができていなかったのでつらかった」(有馬氏)。
それがいまやLinux携帯は現実のものとなり、それも単なるフラッグシップではなく売れ筋となっている。複数ある組み込みLinuxパッケージの中でも、国内市場においてモンタビスタ製品はいち早く「携帯電話向け組み込みLinux」としての地位をしっかりと確保したかのようにみえる。モンタビスタは、どのような経緯で現在のポジションを勝ち得たのか。
米国カリフォニア州に本拠を置くモンタビスタは、業界初の商用リアルタイムOS(RTOS)「VRTX(バーテックス)」を1980年に開発、その後も組み込みシステム向けRTOSを世に問い続けてきたジェイムス・レディ氏により、1999年に設立された会社だ。会社の事業目的は、当時は純然たるUNIX互換OSだったLinuxに組み込みOSのエッセンスを吹き込むことである。
日本法人の設立は、翌年の2000年7月である。世界の先を行くデジタル家電、3G携帯電話などコンシューマ機器の製品開発に食い込むためだ。2002年に入ると、ソニー、松下電器産業、東芝、ヤマハが相次ぎモンタビスタに資本参加。同社の存在は早くから評価されていた。「国内のコンシューマ機器メーカーは、当時からデジタル家電や3G携帯への組み込みLinux採用を決めており、水面下でわれわれと技術提携を深めていた」という。
もちろん、機器メーカーも当初は自前主義で組み込みLinuxを開発しようとしていたはずだ。何しろLinuxそのものは無償で入手できるし、いかようにも改変できる。だが、体力のある大手メーカーといえど、自前での開発・保守は相当な負担となる。
現在のLinuxは、開発環境も含めるとプログラムステップ数が3000万行に及び、世界中のエンジニアにより日々約2万行が改良されているといわれる。自前でそこから必要なリソースを抽出、それらをプロセッサに応じて最適に組み合わせてチューニング、サポートし続けるのは至難の業となる。専門ベンダのパッケージ製品を調達し、サポートを受けた方がコスト的に安上がりとなり、技術進化も早く取り入れることができる。
それでは、複数ある組み込みLinuxベンダの中でモンタビスタが機器メーカーから支持されるのはなぜか。有馬氏は「テクノロジ開発でリーダーシップを取り、そのテクノロジをコミュニティにきちんと還元しているから」とズバリと答える。同社はLinuxを組み込みシステムで活用するうえでのさまざまな課題(電源管理、メモリサイズ、リアルタイム性など)に対して技術改良を行い、それをLinuxコミュニティに還元しているという。その理由は、自分たちの技術改良のアイデアを標準化することでコミュニティによる継続した開発、保守が期待できるからだ。
「モンタビスタに任せておけば、コミュニティ活動を立ち上げてくれる。半導体メーカーやセットメーカーからすると、この部分のメリットが大きいのではないか。1社独占の技術だと、ずっと同じ会社に開発、保守を頼まなくてはいけない。それでは頼む方も不安だし、頼まれる方も負担が重い。コミュニティに還元され、標準化された技術ならば、世界中のエンジニアが共有して育ててくれる。クローズドな世界と比べ、シナジー効果が期待でき、テクノロジの進歩も速い」
モンタビスタは、オープンソースのコミュニティモデルをいまでも最大限にビジネスに活用しているといえよう。それでも、コミュニティの中で率先して技術改良に貢献することにより、技術的なアドバンテージを常に保つことができる。1つの技術改良がコミュニティの中で標準として承認されたころには、製品への適用が終わっているというわけだ。
例えば、Linuxのビジネス利用を推進するためのコミュニティ「OSDL(Open Source Development Labs)」が定めたキャリア向け仕様「Carrier Grade Linux 2.0」に準拠した製品をすばやく市場に投入している。それは、モンタビスタがOSDLへ技術改良を提案し、仕様策定にかかわっているからである。
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