日本語の文章は、「敬体(です・ます調)」と「常体(だ・である調)」とに、明確に分かれています。プロの文章で、この2つが混在することは、絶対に、万が一にも、奇跡が起きても、矢が降ろうが、槍が降ろうが、あり得ません。翻訳では、どちらの文章にするかを選択しなければなりません。
日本語ほど明確ではありませんが、実は英語にも、敬体と常体は存在します。以下、例を挙げながら、どちらを選べばよいかを解説していきます。
読者に優しく語り掛ける文章が敬体の特徴であり、以下のような英文が該当します。この場合、日本語の訳文も「です・ます調」にするのがよいでしょう。
(1)「you」を多用した文章
アプリケーションソフトウェアのマニュアルのように、文字通り、語り掛けている文章は敬体が適しています。例えば、以下の英文です。
If you double-click the download button shown on the lower right of the screen, the program will be automatically loaded to your folder.
画面右下の「ダウンロード」ボタンをダブルクリックしますと、プログラムは自動的にフォルダへ格納されます。
(2)文章が短く、構文が簡単で、関係代名詞も少ない文章
これは、解説するまでもないでしょう。
(3)アングロサクソン系の単語が多い文章
“アングロサクソン系の英単語”とは、例えば、「have」「take」のような単語のことで、前置詞とくっついて、7色に意味が変化します。日本人が最も苦手な単語の分類ですね。アングロサクソン系の英単語は、話し言葉でよく使われます。この場合、「です・ます調」を採用すべきでしょう。
アングロサクソン系の英単語の対極にあるのが“ラテン系の英単語”です。例えば、「obtain」「attain」のように、四文字熟語的で難解な印象を受けますが、意味は1つしかなく、覚えてしまえば非常に扱いやすい単語です。例えば、米国の駐車違反の切符の裏面には、「本切符の発行・受領に関し、異議、疑義がある場合は……」のような固い雰囲気の内容が、細かい文字でラテン語系の英単語で並んでいます。
なお、ラテン系の英単語は、米国人との会話で日本人が多用すると、教養をひけらかし、相手をビビらせることができます。例えば、米国人留学生が、「そのことは、これから、どうなるか分かりません」ではなく、「本件は、将来の変化が予測不能なので、断定できません」と固い日本語で返答すると、日本人が「えっ? なんで、そんな難しい日本語を使えるの?」とびっくりするのに似ています。
科学技術論文や契約書の文章などのように、非常に固くて、厳密な印象を与えるのが常体の特徴で、以下のような英文が該当します。この場合、日本語の訳文も「だ・である調」にするのがよいでしょう。
なんの苦労もなく読み下せて、内容を簡単に理解できる翻訳文を書くには、翻訳者が相当の苦労をしなければなりません。翻訳の世界は、訳者が「オリジナルの英文の意味が分かる」のは簡単ですが、「他人に分かってもらう文章を書く」ことは非常に大変です。前回も述べましたが、日本語による自分の日ごろの文章力が、その人が書ける訳文の最高レベルです。技術翻訳力を鍛えるには、日本語で文章を書く際に、「分かりやすく、簡潔な文章を書く」こと心掛けるとよいでしょう! (次回に続く)
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