ちょっと一休みして「技術翻訳」の話【その3】 〜オフショア開発とご近所付き合い〜山浦恒央の“くみこみ”な話(60)(1/2 ページ)

オフショア開発は、海外(外国人)に発注するから難しいのではなく、他人に発注するから難しい――。今回もオフショア開発の話題から少し離れて、「技術翻訳」のコツ、テクニック、注意すべき点を紹介する。

» 2014年02月17日 10時10分 公開
[山浦恒央 東海大学 大学院 組込み技術研究科 准教授(工学博士),MONOist]
山浦恒央の“くみこみ”な話

 前回に引き続き、「オフショア開発」の話題から少し離れて、「技術翻訳」のコツ、テクニック、注意すべき点を紹介します。今回は、皆さんが苦労する「関係代名詞」と、文章の形態(「です・ます調」「だ・である調」)について取り上げます。


1.関係代名詞

1.1.カンマのある/なし

 日本語には、関係代名詞というものがありません。中学校の英語の授業で、先生の説明に力が入る部分でもあり、「関係代名詞が出てきて、英語が嫌いになった……」という人も少なくないでしょう。英語の先生が以下の2つの文章を黒板に書き、「いいか! 関係代名詞ではカンマ(,)のある/なしで、意味が全然違ってくるんだぞ!!」と得意げに説明していたことを思い出してみてください。

(1) I have 3 sons who live in Japan.

(2) I have 3 sons, who live in Japan.



 それぞれ訳してみると、(1)は「私には日本に住んでいる3人の息子がいます」となり、(2)は「私には3人の息子がいて、3人とも日本に住んでいます」となります。ここでのポイントは“息子の総数”です。(1)は息子の数が全部で3人かもしれませんし、4人かもしれませんが、(2)は“全部で3人”とハッキリしています。

 英語の先生の「関係代名詞は、カンマがある/なしをしっかりと意識しないとダメだぞ!」という教えは、「これができないと人間失格なんだよ!!」ぐらい強力に、中学生の頭へ刷り込まれ、これを忠実に守ってきた結果、分かりにくい訳文をマスターしてしまったというケースが少なくありません(筆者個人としては、カンマのあり/なしは、それほど重要と感じたことはありません。そもそも会話で、カンマは見えませんしね)。

 続いて、以下のコンピュータ系の英文をご覧ください。この文章は「横取りありの優先順位スケジューリング(Prioritized Preemptive Scheduling)」について述べているものです。少し長くて込み入った文章ですが、ちょっとだけ我慢して、目を通してみてください。

In that case, OS should employ the "prioritized preemptive scheduling" which prioritizes generated processes, and ejects a process from an execution mode when a higher prioritized process arrives.



 英語が得意な組み込み系専攻の学生にこの文章を訳してもらうと、大抵、次のようになります。

翻訳例1:

その場合、プロセスに優先順位を付け、実行中のプロセスより高位の優先順位を持つプロセスが到着すると低いプロセスを追い出す「横取りありの優先順位スケジューリング」を採用するべきである。



 この訳文を読むと、ゴチャゴチャとしていて意味がよく分かりません。でも、世の中の95%は、こんな訳し方をするのが現状です。で、元の英文を読み、「なんだ、そういうことか!」と理解する場合が少なくありません。訳文がゴチャゴチャして、よく分からないのは、「説明的」で「主語が長過ぎる」ためです。

1.2.「説明的」がよくない理由

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 超低予算映画の稚拙な脚本に、「説明ゼリフ」がよく出てきます。例えば、ジョギング中に雨が降ってきて、コンビニの店先で雨宿りをしていると、犬を連れた女性がやってきて、顔を見るなり、「あら、あなたは、中学2年生のときに、お父さんの転勤で北海道に転校して、高校生のときに、テニスの全国大会へ出て、3位になって、それから、京都の大学へ行った山田一郎君じゃないの? 元気?」という具合です。プロの脚本家はこんな書き方は絶対にしません。「あら、ひょっとして、山田一郎君? 確か、中学2年生のときに、お父さんの転勤で北海道に転校したんだよね。そうそう、それで、高校生のときにテニスの全国大会に出場して3位に入賞して……。それから、京都の大学へ進学したって聞いてたけど。元気にしてた?」と素直に書きます。

 このプロの脚本家的な文章の順序で、前述の「横取りありの優先順位スケジューリング」の英文を訳し直すと、以下のようになります。

翻訳例2:

その場合、「横取りありの優先順位スケジューリング」を使う。これは、プロセスに優先順位を付け、実行中のプロセスより高優先度のプロセスが到着すると、低いプロセスを追い出す方式である。



 分かりやすく、読みやすい翻訳文を書くコツは、「言葉が出てきた順番で素直に訳す」ことです。関係代名詞があるからといって、文章の後ろから訳し上げると、意味がよく理解できなくなります。英語国民も、日本語国民も“重要”と思うことは最初に書きます。翻訳例1を見ると、英語国民は、ポーランド記法で思考しているのかとさえ思えてしまいます。とにかく、素直に、前から訳しましょう!

 もう1つ重要なポイントは、「元の英文が1つの文章だからといって、訳文の日本語も1つの文に収める必要はない」ということです。分かりやすく、前からスーッと読み下せて、内容が簡単に理解できる訳文を心掛けましょう。例えば、1つの英文を3つの文章から成る訳文にしても全く問題ありません。

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