先手を打ったマツダの製造業革命――真の“コンカレントエンジニアリング”がもたらす新しい価値井上久男の「ある視点」(11)(4/4 ページ)

» 2012年01月25日 12時00分 公開
[井上久男@IT MONOist]
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大量生産によるスケールメリット創出はメーカーの勝手な都合でしかない

 「コモンアーキテクチャ」が成功する重要な要件として、開発と生産が一体となって変動と固定の部分を明確化していくことも挙げられる。

 例えば、従来はボディー組み立て用の基準ピンは位置が固定だったのを変動要素に変えた。ピンの大きさを固定するだけでロケーターの位置を動かすことで対応したという。アンダーボディーの開発でも、「ストレート構造」や「マルチロードパス構造」などは固定要素とし、床の高さやホイールベースは変動要素として設計した。

 金井副社長はこう説明する。「市場競争力、設計の合理性、生産の合理性の向上を全部同時に追求して、順番に並べないという考えが『モノ造り革新』の根底にあります。市場における競争力を最大化するには、車種・仕向地ごとに最適部品を作る必要があり、最適化のために作り分け必要になります。一方では、スケールメリットがないとコストが高くなるという綱引きの関係があります。量産効果を出すためだけに大量生産する考え方は、顧客には何の関係もない自動車メーカーの勝手な都合によるものです。多品種少量生産でも開発・生産の効率を高め、綱引きの関係を変えていき、共通化を進めながら種類もたくさん作るという、一見矛盾することを実現可能にすることこそ、『モノ造り革新』の神髄です」

 マツダのこうした取り組みは、長中期的に求められる車の将来価値を想定し、今の設計にもその価値を反映させていくという意義がある。そうした点でも日本の自動車メーカーの中では革新的な取り組みといえよう。その価値も、市場のグローバル化の進展によって多様化している。例えば、食品の分野ではイスラム教徒のための「ハラル認証」*があるように市場によって求められる価値は違っているが、市場を獲得しようと思うならば、多様化した価値に対応しなければならない。しかも、スピーディーにかつ低コストで。

 長期の商品戦略を練り、設計を最適化していく手法は米アップルなどが得意とする手法でもあり、製品の付加価値向上とコストダウンを両立させる利点がある。21世紀に製造業が生き残るためには、メーカーの独りよがりで品質を造り込むのではなく、市場が求める価値に見合った品質を提供しなければならない。しかし、日本のメーカー、特に自動車産業は、大型SUVと大型ピックアップが売れ筋である単一的な価値観の北米市場で大きく利益を稼ぐ構図に長く恩恵を受けてきたため、多様な価値に合わせてモノ造りする力が劣化しているように思える。マツダの取り組みは、日本の製造業が新たな輝きを取り戻すための日本の「産業革命」的な取り組みだといえるだろう。


*ハラル認証 イスラム教では豚肉やアルコール類の摂取が戒律で禁じられている。製造工程やその管理において、戒律を守っていることを証明する規格をハラル認証と呼ぶ。中東や東南アジアなどのイスラム教徒居住地域で食品を流通させるには対応が必須である。


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筆者紹介

井上久男(いのうえ ひさお)

Webサイト:http://www.inoue-hisao.net/

フリージャーナリスト。1964年生まれ。九州大卒。元朝日新聞経済部記者。2004年から独立してフリーになり、自動車産業など製造業を中心に取材。最近は農業改革や大学改革などについてもマネジメントの視点で取材している。文藝春秋や東洋経済新報社、講談社などの各種媒体で執筆。著書には『トヨタ愚直なる人づくり』、『トヨタ・ショック』(共編著)、『農協との30年戦争』(編集取材執筆協力)がある。



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