成功は復讐する:新たな時代を切り拓く侍エンジニアの「器や気質」が利益の源泉となる井上久男の「ある視点」(8)(1/2 ページ)

海外で活躍する日本人技術者がいる一方で、グローバル化に翻弄される日本企業もある。超円高など日本企業の置かれた危機的状況を鑑みて、エンジニアに求められる発想や行動とは一体どんなものだろうか。3人の“侍エンジニア”の言葉に耳を傾ける。

» 2011年11月25日 12時30分 公開
[井上久男,@IT MONOist]

英語が話せても……語学堪能な無教養

 元日本マイクロソフト社長の成毛眞氏が最近、『日本人の9割に英語は要らない 英語業界のカモになるな!』(祥伝社)という刺激的なタイトルの本を出版したのを受け、成毛氏に取材する機会を得た。

 外資系企業で豊富なビジネスの経験を持ち、成毛氏自身、こなれた英語を話す。しかも、世間では「グローバル人材」という掛け声の下、ビジネスマンの英語熱は高まるばかりだ。しかし、氏は「日本人で本当に英語が必要なのは10%程度。日本での仕事が中心の楽天やユニクロが英語を社内公用語にすると聞いて、“アホか”と思いました。特にこれから戦力として伸びてもらわないと困る若手ビジネスマンは、英語を勉強するよりも、教養を身に付け、担当分野の専門性を高めた方が将来役立つ」と断言する。

 成毛氏の指摘が意味するところは何なのか、突き詰めていくと、「英語ができても仕事ができない、あるいは使えないバカになるな」ということだろう。

 同じような指摘を最近よく聞く。M&A案件を扱う国際渉外弁護士の世界でも、司法試験を優秀な成績で合格し、英語もできるのに、教養のない人が増えているそうだ。

 例えばこんな事例を聞いた。

 交渉相手の外国人弁護士から「私は『チェンバレン』ではない」といわれ、日本側の若手弁護士はその真意が理解できず、交渉に失敗した。「チェンバレン」とは、ナチスのヒトラーと「宥和政策」を結んだ英国のチャーチルの一代前の首相だ。このチェンバレンの妥協がナチスを増長させたとの見方もある。つまり、このエピソードに出てくる弁護士は、「おたくが示した案には全く同意できない」といいたかったのだ。

 しかし、高校の世界史でも習うチェンバレンのことを知らなければ、意味が通じないのは当たり前のことだ。要は、英語はスキルであり、何かを達成するための手段でしかない。グローバル化が加速し、外国人と交渉する機会が増えているが、交渉で相手に見られているのは、「人間としての器や質」に他ならない。侮れないやつかどうか見極められているのだ。成毛氏も取引先の外国人から「なぜ日本の首相はすぐに交代するのだ」と聞かれて答えられなかったら、いくら英語が堪能でも完全に相手になめられる、と指摘する。

エンジニアに求められる「器や質」

 企業で働くエンジニアにとっても大切なことは、スキルだけではない。自らの専門性を高めることだけが重要でもない。企業で働く以上、自分が取り組んでいる仕事が会社の収益に貢献しているのか、ひいては、仕事を通じて社会に役立っているのかと考えることができる、俯瞰(ふかん)する力ではないだろうか。それは「人間としての器」や「気質」と呼ぶようなものなのかもしれない。

 そこで、今回は「侍エンジニア」として世界で活躍する3人のコメントを紹介したい。現場で活躍する、あるいは活躍したいと燃えているエンジニアの参考になれば幸いだ。これまでとは少し違った感じの記事となるが、いずれも最近、筆者が直接お会いして得たコメントだ。これからのエンジニアにとって必要なものは何か示唆に富む話になっている。以降では、キーとなるコメントに筆者流の解説を付け加える形で展開する。

雨堤徹氏:新たな技術と顧客を融合させるためにリスクを取るべし

雨堤徹氏 雨堤徹氏

 まず、三洋電機でビジネス開発統括部長などの要職を経験し、リチウムイオン電池の開発をリードしてきた雨堤徹氏のコメントを読んでもらいたい。氏は2010年に三洋電機を退職し、現在はコンサルティング会社を立ち上げている。業界で先陣を切って携帯電話に使われている角型の薄いリチウムイオン電池の開発に取り組み、成功に導いたそのプロジェクトの中心人物の一人だ。


 米アップルは、マウスを普及させました。人が扱いやすいように機械とのインタフェースを変えたのです。iPhoneも指先で操作します。タッチパネルのやり方と同じで、それ自体は古い技術です。しかし、誰も使いこなしていなかった。それも、ただ押すだけではなくて、指先でページをめくるような指の動きは何となく芸術的ですしね。ユーザーの心を引き付ける使い方を演出していると思います。


 iPodやiPhone、iPadよりも日本製品の方が技術的に優れているかもしれませんが、日本は技術に溺れ過ぎている感じがします。日本の携帯電話の方が10年前からいろいろな機能を付けて売っていましたが、それはお客が求めていたものでもなかったし、お客も使いこなせないからヒットしなかった。エンジニアは秘術を極めていけばいいが、技術だけでは商品にならない。商品のアイデアを出す人やそれをデザインする人、いわゆる企画力と技術の融合に欠けている感じがします。ただし、いまはお客に受け入れられていない技術でも、将来の糧となる技術開発も不可欠です。要は、活用の仕方や商品化のタイミングを見失わないことが重要です。


 技術と顧客の融合。これこそがマーケティング力の本質を示す。お客に受け入れられない技術は企業にとって活用できる技術とはなり得ない。一方で、長期的な視点で技術開発を積み上げていくことも重要。技術のロードマップを描くような力がリーダー層のエンジニアや経営者には求められている。


 リチウムイオン電池は、相対的には弱くなっています。追いかけてくる韓国のお手本は日本。後ろから追いかけるのは楽ですが、追い付いた後に韓国勢がトップを維持できるのかは約束されたものではない。追いかける方と、目標にされる方では、戦略は違ってきます。いま、韓国がいいから日本はそれを見習えという単純な話ではない。自分に合う手法に焼き直すことが重要です。


 勢いのあるライバルの手法を単純に見習えばいい話ではない。ライバルの学び方を学ぶことが「本当の敵を知る」ことにつながる。

 リチウムイオン電池は1990年代初めにソニーが先手を取り、その後に三洋やパナソニック、東芝などがほぼ同じ時期に進出してきました。一般の人がその存在を知るようになったのは1996年か1997年ごろです。三洋にいた際に自分たちで新しいことに挑戦し、リチウムイオン電池でトップに立った。トップに立ってから必要なのは、自分たちで生み出した技術を自分たちでテークオーバーしていくことなのです。そうしないと、新しい商品は誕生しません。他社につぶされていてはだめです。『あぐらをかくな』と社内ではよくいいましたが、それができない。日本企業はいま、自分たちのやってきた過去にいつまでもしがみついているから新しい発想が生れ難いのです。


 ハーバートビジネススクールのクレイトン・クリステンセン教授のいう「イノベーションのジレンマ」を思い出してほしい。成功体験が大きいほど、自身の技術や戦略が素早く見直せなくなることを指す言葉だ。トヨタやホンダ、パナソニックなど日本の名だたる大企業が経営不振に陥っているのは、大震災やタイの大洪水、超円高だけが理由ではなく、本質的な原因はここにもある。


世界同時開発を推進するには?:「グローバル設計・開発コーナー」

 世界市場を見据えたモノづくりを推進するには、エンジニアリングチェーン改革が必須。世界同時開発を実現するモノづくり方法論の解説記事を「グローバル設計・開発」コーナーに集約しています。併せてご参照ください。



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