成功は復讐する:新たな時代を切り拓く侍エンジニアの「器や気質」が利益の源泉となる井上久男の「ある視点」(8)(2/2 ページ)

» 2011年11月25日 12時30分 公開
[井上久男,@IT MONOist]
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山本雄大氏:取捨選択の明晰さ

山本雄大氏 山本雄大氏

 次は元三菱自動車のエンジニアで、長年、乗用車開発の戦略部門に勤務した山本雄大氏だ。山本氏は2010年5月の本連載「技術者がサラリーマンエンジニアを見限るとき」に登場していただいた。「ニュートンズアイ」(愛知県岡崎市)というコンサルティング会社の技術担当部長を務めながら、現在は世界の自動車メーカーなどに指導に出向いている。

 韓国の現代自動車が出した『ソナタ』のハイブリッド車を見て、感心しました。エネルギーの回生技術がトヨタやホンダのそれとは違います。先行メーカーを研究して、特許を回避して出したものでしょう。技術が中途半端なメーカーはコピーして商品を作る傾向にありますが、それをやっていない。しかも、現代が採用したものは、オルタネーターから回生する技術です。日本では既に1980年代から研究されていたものです。エンジン駆動の比率を高め、さらにリチウムポリマー電池を使うことで、日本の同じクラスのハイブリッド車に比べ、2割ほど電池パックが軽い。つまりコストも安くできます。現代は、他社の技術を見て、自社の技術を『キャッチアップ型』と位置付けているのが分かります。


 私が使っている携帯電話は韓国メーカー製のスマートフォンですが、インターネットをあまり使わない人間向けに開発されていることが分かります。恐らく安いコストでできるでしょう。韓国企業の強みは、コストと品質のバランスを考慮しながら商品開発できるということにあります。それに対して日本企業は、性能をクリアしてからまず細かい仕様の開発に取り組む結果、コストが上昇し、競争力を失っています。さらに、日本メーカーは開発方針において『キャッチアップ型』を取るのか、『マーケットリーダー型』を取るのかはっきりしていません。『マーケットリーダー型』を目指すのならば、独創性が重要になりますが、俺たちの手法が一番と、『独善的』に陥っている感じもします。


 何を捨てて何を取るのか。日本企業は、取捨選択を明確にするという戦略の基本ができていないという話だ。戦略と技術の両方が分かる人材の育成も日本企業にとっては急務だろう。

日野三十四氏:アイデアは夢があるから生まれてくる

日野三十四氏 日野三十四氏

 最後に元マツダのエンジニアである日野三十四氏。同氏は現在「モノづくり経営研究所イマジン」を開設し、新時代のもの造りシステム「モジュラーデザイン」を普及させる経営コンサルタントして国内外で活躍している。日野氏も2010年8月に本連載で紹介しているが、本稿執筆を前に、再度話をうかがった。

 米アップルのスティーブ・ジョブズは夢追い人でした。周囲の人が不可能といっても、ものともせずに夢を追い続けていく。不可能を可能にしてしまう先天的な才能がありました。発想力に優れた人物だったのでしょう。確かにアップルの商品は技術的にはたいしたことのない集合体だとよく聞きますが、アイデアが素晴らしい。アイデアは夢があるから生まれてくるのだと思います。


 これには教育の問題も関わってくるし、時間もかかる課題。かつて、日本にも本田宗一郎氏のような「夢追い人」はいたが、日本の社会風土から見れば少数派。そうなると、いかにいまの強みを磨くかが大切になる。その強みとは、ずばり「モノづくり力」であろう。


 日本の技術力自体は下がっていないと思います。ただ、日本企業の利益率が低下しているのは、技術力の低下の問題ではなく、もうける仕組み作りが下手だからです。標準化という欧米が作ったルールにまんまとハマってしまったことも、競争力低下の一因。ISO9000はその典型的な例です。他国は適当にやっているのに日本人はISOを取らないとビジネスができないかのような恐怖感に襲われ、ほとんどの会社がたくさんのお金を掛けてISOを取りました。しかし、ISOでもうけているのは、検査に来る欧米系のコンサルティング会社でしょう?


 ISOを取得して品質、コスト、納期に何か効果があったでしょうか? あるわけないのです。その理由は2つあります。一つは、ほとんどの会社がISO審査用のルールと社内用ルールを使い分けているからです。「二重帳簿」のようなものです。企業ごとに理念、文化、風土が異なるのに、日本とは異質の欧米が作った一律のルールに合わせることは無理なのです。もう一つは、価値創造の源泉である設計についてその結果だけを審査し、設計プロセスはクリエイティブな領域だからと審査の対象外にしているからです。だからほとんどの会社は設計プロセスを整備する活動は行わず、旧態依然とした「属人芸設計」のままです。これでは、QCDにほとんど効果は出ません。


 私はマツダ時代に、ISO取得のリーダーをやりましたが、「自分たちに役に立つISOにする」ことを徹底的に追求しました。審査機関ともずいぶん衝突しましたが譲らず、一方、要求されていなくても理想的な組織的設計プロセスを確立するため設計手順書作成活動に取り組みました。いま日本は、これまで培ってきた技術力を基に、自分の頭で考え自分のために価値を生むモノづくり力が強く求められているのだと思います


◇ ◇ ◇

 日本の製造業の特長を表す言葉として「強い工場、弱い本社」がある。まさしくそれを象徴している。もうける仕組みをいかに作るかという発想が欠如していれば、技術は宝の持ち腐れになる。

 「戦国最強」といわれた武田信玄は、領国統治のための法制度「分国法」を採り入れるなど、戦が強いだけではなく、為政者(経営者)としても優れた武将だった。その信玄は「負けるはずのない戦に負けたり、滅ぶはずのない家が滅亡したりすることを、人はみな『天命』と言うが、私はそうは思わない。やり方が悪かっただけだ。だから常々やり方を見直さなければならない」といったことを言い残した。

 この箴言は、今の日本企業に当てはまるのではないか。バブル崩壊から約20年を経たいま、リーマンショックから立ち直ったかに見えたが、2011年は大震災やタイの大洪水といった天災も発生し、企業活動に甚大な影響を及ぼした。そして、昨今の超円高で多くの製造業が苦しむ。

 企業業績の悪化を「外的要因」として片付けてしまう雰囲気ができているが、果たしてそうなのか。日本企業の経営手法が時代の流れに合っていないか、あるいは先を読めていないかが理由で、つまずき始めているのではないか。そのほころびが、震災や洪水に遭遇したことを契機に顕著になりつつある。筆者はそのように強く感じている。

 特に電機や自動車などこれまで日本経済をけん引してきた産業が衰退した本質的原因は、「技術戦略」の不全にある。「技術戦略」といえば、漠然としたイメージだが、要は、いかに売れて収益に結び付く技術を生み出すかを考えることである。そのために、人材育成や投資をどのように行っていくかまでも関わってくる。新しい付加価値を生み出すための戦略と呼べるかもしれない。

 戦後の復興に日本は立ち上がり、高度成長を成し遂げた。低成長時代に入ってからも、日本の技術力は世界から注目される存在だった。一方、米国に次ぐ世界2位の経済大国になった時でさえも、日本の多くの製造業の経営スタイルは、「キャッチアップ型」であった。先行する企業や技術に目標を定め、チームワーク力でそれに追い付け追い越せで頑張る。この手法が大きな成果を生み出してきたことも事実である。

 しかし、フェーズは大きく変わった。新興国市場の拡大に象徴されるように世界の経済の潮目も変わった。日本だけをみても、先進国では類を見ない少子高齢化の波が襲い掛かり、国内の市場構造を大きく変えている。日本のモノづくり力が頂点近くに立つに至り、追われる立場になった際にこれまでと同じような手法は通じなくなり、「フロントランナー型」の仕事の進め方が強く求められるようになった。日本の製造業の強さを象徴する代名詞の一つ「カイゼン活動」は、「キャッチアップ経営」の典型であろう。この活動を否定するわけではないが、その名の通り、いまあるモノやシステムを改善していく手法だ。韓国や中国などが猛スピードで追い付いてきており、「追い付け追い越せ合戦」では日本は分が悪くなってきている。だからこそ、中国や韓国とは同じ「土俵」に乗らない戦略が求められている。これは日本メーカーがこれまで積み上げてきたものを否定することにもつながりかねず、抵抗が多い。

 こんなことは10年近く前から分かっていたことではないか。しかし、変化に挑むことに多くの日本人は恐れている。特にリーダと呼ばれるような社会を引っ張っていくべきクラスの人が縮んでしまっている。

 過去を健全に否定し、リスクを取らなければ新たなステップには進めない。このためには、真摯に学び直し、新たなテーマに挑戦する気概も必要だ。いまからでも遅くない――。

 今回の3人のエンジニアの熱い思いから伝わってくるメッセージだ。

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筆者紹介

井上久男(いのうえ ひさお)

Webサイト:http://www.inoue-hisao.net/

フリージャーナリスト。1964年生まれ。九州大卒。元朝日新聞経済部記者。2004年から独立してフリーになり、自動車産業など製造業を中心に取材。最近は農業改革や大学改革などについてもマネジメントの視点で取材している。文藝春秋や東洋経済新報社、講談社などの各種媒体で執筆。著書には『トヨタ愚直なる人づくり』、『トヨタ・ショック』(共編著)、『農協との30年戦争』(編集取材執筆協力)がある。



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