2010年ごろから盛んになった中国国内の労働争議。良好な労務管理が評価される矢崎総業も例外ではなかった。同社がストライキから学んだこととは?
自動車用組電線(ワイヤーハーネス)大手の矢崎総業。グローバル化を推進し、連結売上高1兆円のうち半分は海外で稼ぐ。グループの法人数162社のうち87社は海外にある。
その中でも広東省佛山市にある「佛山順徳矢崎汽車配件有限公司(FSY)」は、異文化で育った中国人労働者とコミュニケーションを良くすることに注力する労務管理のモデル的位置付けの工場として知られている。現地の行政からの評価も高い。
中国ビジネスには日本の多くの産業人が興味を持っている。しかしその一方で、価値観や労働慣行が違うために中国に進出しても労務管理で苦しむ企業は多い。FSYは試行錯誤を繰り返しながら独自の管理手法を編み出し、日本的経営に現地化を取り込もうとしているケースとして日本の学術界からも一目置かれている。
佛山市の人口は約600万人。亜熱帯の「珠江デルタ」の中にある。FSYは広州白雲国際空港から南に約100Kmの佛山市の順徳区・均安鎮(町)に拠点を構える。2010年度の順徳区の就業者平均所得は3万600元で、中国の全国平均の約1.5倍ある。順徳区での家電の生産量は中国1位で、均安鎮でのジーンズの生産高も中国1位といわれる。
順徳区には日系企業57社が進出、このうち日系自動車部品メーカーは23社。トヨタ系のアイシン精機や愛三工業が進出しているほか、家電ではパナソニックや東芝などの工場もある。この地域は慢性的に労働需要が切迫している。労働者の「売り手市場」であり、2010年5月には、佛山市にあるホンダの部品工場で賃上げを求めてストライキが発生し、ホンダ広州工場の生産が止まったほか、これを契機に日系企業で労働争議が広まった。
FSYの周辺にはジーンズ工場が立地している。敷地面積は約9万平方メートルで、約3300人の従業員が働く。この工場内に寮が3棟あり、約2500人が生活している。2005年から操業を開始した新しい工場で、トヨタ向けのワイヤーハーネスを生産している。売上高も順調に推移し、2006年比で約4倍の売上を見込む。
現場では労働集約型のモノづくりが行われている。テープの巻き付けや端子の取り付けなど作業の7割近くが手作業。そして従業員の82%が女性だ。ピンク色の制服をきた作業者は妊婦で、身体に負荷の掛からない仕事をしていた。2010年5月から妊婦が働く現場の班長は出産経験者を起用することにした。「対人温柔(人に優しい)」がFSYの基本方針の1つだからだ。
FSYの日本人トップは薫事長(会長)の杉山正剛氏だ。日本では品質管理の部暑での経験が長く、工場の立ち上げ時から赴任している。そして、こう付け加えた。
「実はFSYは工場内にあるインターネットカフェとおいしい社員食堂で有名になったんですよ」
多くの従業員が働く製造業の場合、マネジメントと従業員が一体化し、チームワークを向上させなければ、業績は上向かない。しかし、一般論として、個人主義の中国人の労働者はチームワークにはなじみにくい。杉山氏は「異文化とのコミュニケーション向上や共存の基本は、同じ場所で同じ食器で同じ料理を食べることです。すなわち同じ釜の飯を食うということです」と説明する。
だから社員食堂の運営に配慮した。2005年10月に会社側と従業員で構成される給食委員会を設置、毎月の定例会議で衛生状態や味付けなどの確認を行う。各メニューに「うまい」「普通」「まずい」のボタンを押す仕組みも導入した。
全国から従業員を採用しているため、「湖南風」「広東風」といった具合に出身地特有の味付けに合わせたメニューを出せるように、コックの採用でも腐心した。食堂内では巡回員が見回わりを行う。かわいい子だけに盛りをよくすると不平が出るので、こうしたことがないかまでもチェックする。もちろん、味付けの不満も聞き取る。
インターネットカフェにはPCが120台常備され、平日は17:30〜23:00まで、土曜日は8:00〜23:30まで利用可能だ。このほかにも無料のマッサージ室、ドラムやギターまで用意された防音の音楽練習場がある。至れり尽くせりといった感じで、「日本の工場にもないような施設を準備した」と杉山氏は説明する。
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