ちょっと一休みして「技術翻訳」の話【その4】 〜オフショア開発とご近所付き合い〜山浦恒央の“くみこみ”な話(61)

オフショア開発は、海外(外国人)に発注するから難しいのではなく、他人に発注するから難しい――。番外編「技術翻訳」シリーズの最終回。今回は、技術翻訳の神髄「“日本語で”良い文章を書くには?」をお届けする。

» 2014年03月18日 10時00分 公開
[山浦恒央 東海大学 大学院 組込み技術研究科 准教授(工学博士),MONOist]
山浦恒央の“くみこみ”な話

 前回に引き続き、「オフショア開発」から少し離れて、「技術翻訳」について紹介します。

 これまで技術翻訳のコツ、テクニック、注意すべき点などについて述べてきましたが、結局のところ、日本語による自分の日ごろの文章力が、その人が書ける訳文の最高レベルです。つまり、翻訳能力を鍛える一番の近道は、日本語の文章スキルを上げることにあります。

 というわけで、今回は、技術翻訳シリーズの最終回として、「“日本語で”良い文章を書くには?」をテーマにお届けします。

 ほんの少し意識を変えるだけで、瞬時に、見違えるほど読みやすく、きれいな文章になり、理解しやすいドキュメントを作ることができるはずです。



1.文章を書くための8つのヒント

(1)良い文章とは?

 良い文章とは、読む相手がキチンと書かれていることを理解できる文章を指します。自分が「これは名文だ!」と思う文章であっても、他人には読みにくいものだったりします。こういった思い込みは、悪文の典型となります。

 例えば、「そこで、太郎は、樹木の老廃枝葉を集め、急激に酸化作用をさせた」のような文章ではなく、「太郎は、枝を集めて火を点けた」とシンプルに書きましょう。

 また、「光の束が私の内なるものを貫き、光る闇の中へ解き放った」のような文章は、正直言って“意味不明”です。新人文学賞への応募作品によくある書き出しとでも言いましょうか……。即、ゴミ箱行きです。

(2)短く端的に書くのは非常に難しい

 俳句が難しいのと同じで、短く端的に表現するには“高度な文章力”が必要となります。昔、「今日は忙しいので、短い文章を書いている時間がなく、申し訳ない」と手紙に書いた文豪がいたそうです。

(3)比喩の使い方

 純粋に技術的な文章には「比喩」は出てきません。しかし、技術エッセイなどで自分の意見やコメントを書く場合、比喩を使うことがあります。比喩は、論理の流れには関係がなく、単なる“彩り”ですが、キレいに比喩が決まると、読者に鮮烈な印象を与えることが可能です(村上春樹の小説を読むと、比喩の巧みさに感心します)。一般に、比喩は「AはBのようだ」の形式をしていて、「A」と「B」の距離が離れているほどインパクトがあります。例えば、「このソフトウェアは、精密機械のように〜だ」より、「このソフトウェアは、4カラットのダイアモンドのように〜だ」の方が、読者に与える衝撃は大きくなります。

(4)題やタイトルは、非常に重要

 「お見合い写真」と同じで、最初に目に付く題やタイトルが魅力的でないと、Webサイトの場合などはリンクをクリックしてもらえませんし、エッセイの場合は読んでもらえません。内容を端的に表現しつつ、「何が書いてあるんだろう?」と読者の興味を持たせることが非常に重要です。本文を書くより、タイトルの考案に時間がかかることもよくあります。

(5)「全部決めてから書く」vs.「書けるところから書く」

 プロの作家の書き方には、2通りあると聞いたことがあります。その1は、最初に、ロジックの流れを全部決めて、冒頭から書き出す方式で、川端康成をはじめ、ほとんどの作家がこのスタイルだそうです。その2は、書けるところから書き、後で文章を入れ替えてまとめる方式で、こちらは大江健三郎などごく少数だそうです。

 私は、昔から“大江健三郎方式”で、まず、順番を考えず、頭に浮かんだことを無節操にワープロへ打ち込みます。打ち込んだ文章の中から、同じ内容のものをまとめ、大きなブロックにし、さらにブロック同士がうまくつながるように、「境目」を「パテ」で埋めて完成です。“川端康成方式”に比べて、執筆速度は倍以上早くなりますが、困るのは、結論やロジックの流れが最後にならないと、書いている本人にも分からないことです。「書けるところから書く」方式は、さるエラい先生から「やらない方がいい」と言われたのですが、筆者のスタイルに合っているので、20年以上この方式で書いています。

 書くことはたくさんあるけれど、何をどこからどう書いてよいか分からない場合は、書けるところから書く方式を採用してみてはいかがでしょうか?

(6)最初と最後の1行が非常に重要

 論文など、純粋に技術的な文章ではあまり該当しませんが、技術的要素のあるコラムやエッセイでは、最初と最後の1行が非常に重要です。いわゆる、「ツカミ」と「オチ」で、これがキレいに決まると文章全体が輝いて見えます。この2行が、本文を跨いでつながり、呼応していると、プロの技を見た思いになります。

(7)忘却する能力の重要さ

 書いた直後に自分の文章を読み返しても、内容が既に頭の中に入っているため、良しあしを判断できません。2〜3カ月寝かせて、忘れたころに読むと、自分の文章を客観視でき、欠点や長所が見えてきます。原稿の提出期限に余裕がある場合は、1カ月ほど寝かせてから再読することをおススメします。そんな余裕がない場合、ぜひ、第三者に読んでもらってください。意外なことを指摘され、「大勢の目に触れる前に分かってよかった」と安堵することも少なくありません。

(8)文章のリズム

 文章にもリズムがあります。高度な技ですが、文章の長さをそろえると、心臓の鼓動のような心地よいリズムが生まれます。筆者にとっての文章のリズムの達人は山田詠美で、この人のリズム感は天賦の才能としか思えません。技術エッセイを書く場合、文章の長さをそろえることを意識すると、とても読みやすくなります。

2.細かい注意事項

 以下、文章を書く際の“基本”を挙げます。

[1]文章の始めは1文字下げる!

 これは、基本中の基本ですね。

[2]「です・ます(敬体)」と「だ・である(常体)」を混在させない!

 これも、基本です。

[3]同じ語尾は続けない!

 語尾を変えることで、文章に変化が生まれます。ぜひ、同じ語尾を続けない工夫をしてください。「です・ます」調で書く場合、語尾のバリエーションが非常に少ないため、結構、苦労します。「〜です」が10個連続する文章も少なくありません。

[4]軽い文にしたければ、改行を多用する!

 文章の重い・軽いは、ページの空白部分の多さで決まります。内容は軽いが、文章を重くしたい場合は、改行を減らし、ページの空白を少なくします。筒井康隆や野坂昭如みたいな、みっちり詰まったページは、重く見えます。内容は重いが軽く見せたい場合は、改行を多用するとよいでしょう。

[5]重厚な雰囲気を出したければ、古今東西の有名人の言葉、文章、エピソードを引用する!

 例えば、「コンピュータの父、フォン・ノイマンは『……』と言ったらしい。私の場合……」のように書くと、分厚い感じが出ます。

[6]体言止めを多用すると、スポーツ新聞風になり、品がなくなるので、なるべく使わない!

[7]オノマトペ(ピカピカ、ジュウジュウなどの擬音語)も、多用すると下品になる!

[8]形容詞に「です」を付けない!

 「危険です」は正しい日本語ですが、「危ないです」は文法誤りです。正しくは、「危のうございます」ですが、ばか丁寧な印象を受けます。そんなときは、「危ない」と原形で終わると、非常にカッコイイ(私は、これを「語尾の女王様」と呼んでいます)。

[9]可能な限り、短い言葉を選ぶ!

 1.文章を書くための8つのヒントの(2)で書いたように、なるべく短く端的な表現を使いましょう。例えば、接続詞の場合、「しかしながら」より、「しかし」。「しかし」より、「が」がよいのですが、プロは接続詞をほとんど使いません。接続詞を多用すると文章が稚拙な雰囲気になるためで、接続詞がなくても、きちんとした文章であれば、内容からロジックの流れがはっきり分かります。

[10]受動態は、可能な限り使わない!

 受動態は、「誰がしたのか?」を曖昧にするための方法です。公金横領事件で、「Aさんが着服したお金」とはっきり書きたくない場合、「着服されたお金」と書きます。最近、受動態を多用するのがカッコイイと思うのか(多分、文字数が多くて、曖昧感がプロっぽいとの誤解を生んでいるため?)、半分以上が受動態という文章を見掛けますが、技術系の文章の場合、「誰が」したのかを明確にすることが重要で、なるべく、受動態を使わない方がよいと思います。「受信したデータ」と「受信されたデータ」の違いを見れば、受動態の弊害は明らかでしょう。

3.おわりに

 コンピュータ系のエンジニアである限り、海外のドキュメントを見なければならず、量の多少や完成度の違いはあるものの、必ず、技術翻訳と関わります。分かりやすい翻訳のコツをこれまで3回にわたって解説し、今回は「自分の最高レベルの翻訳文は、日ごろの日本語の文章レベルである」ということで、日本語の簡単な文章技術を紹介しました。

 ほんの少し意識を変えるだけで、瞬時に、文章は劇的にうまくなります。技術翻訳だけでなく、日常の技術ドキュメントの作成能力が向上し、バグのない高品質なソフトウェア開発につながることを願って止みません。

 次回からは、本編、「オフショア開発とご近所付き合い」に戻ります! (次回に続く)

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