統一球変更隠蔽問題と「決められたことを守ること」心技隊流「未来を創るヒント」

日本のプロ野球なのに、使っていたボールは海外製だった……。プロ野球の「統一球変更隠蔽問題」の渦中にあるボールメーカーがいけなかったことは?

» 2013年06月27日 08時00分 公開
[伊藤昌良/エムエスパートナーズ,MONOist]

 2013年6月11日に発覚した、プロ野球の統一球変更隠蔽問題。コミッショナーが「私は知らなかった」と言って失笑を買っていたし、変更事項の隠蔽ばかりが問題になっている。この辺の話はひとまず横において、今回は、一斉に騒ぎ立てるマスコミの視点とは角度を変えて考えてみたい。

 まず、統一球の製造を一手に担っていたボールメーカーは、いわば「モノづくり企業」だ。発注元から、反発係数の基準に満たないボールの改善をするように指示を受けて、その通りに改善した結果として起きた「品質が安定したボール」が問題になっているということか。われわれモノづくりにかかわる人間であれば、日常的に要求される「もっと公差を縮めてほしい」「品質を安定させてほしい」といったことと同じだろう。

 そもそも論だが、ボールメーカーが出荷検査で基準を満たさないボールを出荷しなければ、今回の問題は起きなかった。簡単にいえば「工程管理」も「品質管理」も「出荷検査」も、全ての工程でモノづくりが、残念ながらずさんだったということになる。生産拠点と管理部門との意思疎通にも問題があったのだろう。

 しかも、2年間も基準値を下回った状態で納入し続けていた。受け入れ側にも問題があったことは間違いないが、メーカーとして変更初期から「基準仕様」を満たせていなかったという話である。選手生命が短いプロの世界において、2年という長い期間に及んでこの問題が放置されてきたのはなぜだろうか。

 まず日本で開催するプロ野球で使用されるボールが、“日本で”生産されていなかったということに、私は正直、驚いた。日本で生産しないボールを使用することが、世界の潮流の中でガラパゴス化しないためだとでも言いたいのだろうか。

 そして、なぜ出荷検査を怠ったのだろうか。もともとは4メーカーで供給していたのに、やがて1社が独占的に受注するようになったのが大きいのではないだろうか? 1社独占に至る経緯の中に、日本野球機構(NPB)とメーカーの癒着はなかったのだろうか? 癒着があったとすれば、NPB側から反発係数の変更に関する情報を出さないように「口止め」されたときに、「それは、コンプライアンス(法令順守)に反します」と言えたのではないだろうか? 「正論で言えば」の話であるが。

 このメーカーの話では、反発係数が0.001違えば飛距離が20cmも変化するらしい。今回の変更により、反発係数で0.0054ほどの変化があり、飛距離換算すれば108cmに相当する。この差をメーカーは「重大な差」と表現していた。

 今回の問題を一方的に見れば、町工場が発注元から継続的に受注をいただくために「なんか変だよなぁ」ということでも、目をつぶって対応してしまう構図に似ている。

 量産の世界では、通常の工程から外れる作り方をする場合、発注元にその事実を書面で報告し、承認を受けてから作業に入るのが一般的だ。しかし、発注元の担当者が何らかのミスを犯してしまい、それを隠蔽するために通常ルーティンではない作業を求められたことはないだろうか。使用上の問題は表面上ないのだが、製品品質に組み立て精度や製品寿命などに影響を与える可能性がある変更指示だ。

 コンプライアンスと受注のはざまで、担当者も苦悩していたのではないだろうか? と、最初の報道だけを聞けば、モノづくり企業をかばいたくなる気持ちも少しはある。

 しかし逆側から見た場合、このメーカーは品質管理を怠ったばかりか、反発係数の外れたボールの在庫をさばくために、正規品に紛れ込ませて納入していたという報道もある。これが事実なら、そもそもこのメーカーが統一球を独占で供給するに値しない企業だったということだろう。

 NPB側に問題がないとは言わない。しかしこの問題を、私個人が現時点で眺めるならば、単純にメーカー側担当者のミスを隠蔽するために起きた問題だと思わざるを得ない。問題はあるにせよ、NPB側は被害者なのにコミッショナーの“下手くそな対応”でたたかれているだけだ。

 モノづくりでは、「自分が担う役割の先に誰がいるか」「何か問題がある製品を供給した場合に、その人たちにどんな影響が出るのか」を真剣に想像することが大切だ。「他人の振り見て、わが振り直せ」ではないが、この事件は、そういうことをあらためて思い出させてくれる。

 法令順守というか、決められたことはしっかり守り、それ以上の品質を維持してきたのが日本のモノづくりだ。目先の利益や目に見える価格だけを追い求め、暗黙知として何も言われなくても真摯に対応してきた日本でのモノづくりを切り捨てて、海外に生産を移管したツケが、ボールメーカーを襲ったということではないかと思う。

 モノの値段には理由があるのにね……。同じモノづくり業界に籍を置く者として、非常に残念な話題だった。

Profile

伊藤 昌良(いとう まさよし)

1970年生まれ。2004年に株式会社エムエスパートナーズを創業。加工部品専門の技術商社として、アルミ押し出し形材をはじめ切削加工部品やダイカスト製品などを取り扱う。「役割を果たす技術商社」を理念に掲げ、組み立てや簡易加工を社内に取り込みながら、協力会社と共に一歩前へ踏み出す営業活動を行っている。異業種グループ「心技隊」事務局長。「全日本製造業コマ大戦」の運営でも事務局を努め、製造業界に必要とされる活動を本業の傍ら日々取り組んでいる。


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