enmono三木氏 後半は、山崎先生のデザイナー時代について伺いたいと思います。現場も経験されたとか?
山崎氏 皆が良い住宅に住めることに興味があり、住宅産業の工業化をやっているクリナップに入社すると、ステンレスを着色する工場に配属されました。工場の隅に机を置いて、一人で調査をして企画書を作成し、試作をします。当時の会長がアイデアマンで、「ステンレスを使った商品をどんどん考えよう」と、浴槽や玄関ドア、げた箱などのお題をいただくのです。開発部門とは別の、会長直属の開発部のような感じでした。現場で人が足りないと手伝うこともありましたね。デザイナーという意識はあまりなくて、売るところまで考えながら図面描きからカタログ作りまで、モノづくりを一通り経験させていただきました。
enmono三木氏 そのような経験が、ビジネス全体をデザインするという考えにつながるのでしょうね。クリナップに5年いらっしゃって、その後IBMに入られて、突然の業界越えですね。
山崎氏 自分の地元である神奈川で仕事をしたいという気持ちが出てきた時、たまたまIBMが募集していたのです。クリナップにいた時から、コンピュータにも興味がありました。
enmono三木氏 IBMでは、どのようなものをデザインされていたのですか?
山崎氏 銀行のATMや工業用の機械、レジスタなど、BtoB(のモノ)が多かったです。
enmono三木氏 「ThinkPad」が発売された当時、真っ黒いPCは他になかったのでは?
山崎氏 皆さん、筐体の色が印象に残っているようですが、私たちは黒いノートPCを作りたかったのではなく、日本の市場にあって日本の標準になるプロダクトを作りたかったのです。当時、日本のPCメーカーは別々のDOSで、互換性がありませんでした。アメリカはIBM PC DOSが共通のDOSなので、どのPCメーカーが製造してもデータを交換できました。ソフトウェアも共通です。日本は小さな市場なのにそのような状況では、PC業界にとっても、良いわけないですよね。日本IBMでは1つの共通のDOSを広めるために、DOSのリファレンスマシンが必要だと考えたのです。
enmono三木氏 苦労された部分はありますか?
山崎氏 「日本のユーザーにとってベストなサイズはA4だ」と、A4サイズにこだわりました。日本はA4ファイルがあるので、A4にこだわることでかばんや机の引き出し、棚にも入ります。また、「キーボードを一番良くレイアウトできるのはA4サイズだ」と、考えました。その2つの理由から、企画や開発の人たちと、まずサイズから決めていったのです。キーボードのレイアウトやサイズは、いったん決めたら10年間変えないくらいのつもりで。そうでないと、リファレンスマシンにならないですから。次に、「10年間スタンダードな形や色は何だろうか」と考え、形は最もシンプルになりました。色は、薄い色は変色しますし周辺機器の色を考えると、白か黒かシルバーか。
enmono三木氏 黒に決まった理由は何でしょうか?
山崎氏 日本人は黒が好きで、ビジネスマンも当時のOLも皆、黒いカバンを持っていました。アタッシュケースも、手帳もそうです。黒はビジネスの標準だと気付いたんです。それと、黒は製造する時に色を決めやすいのです。
enmono三木氏 日本でのスタンダードを製造するための黒だったのですね。
山崎氏 反対意見もありましたが、リチャード・サッパーも「黒にすべきだ」と主張してくれました。
enmono三木氏 今後、日本のモノづくりの未来がどうなっていったらいいと思いますか?
山崎氏 私はずっと、イタリアのモノづくりの研究をしてきました。イタリアの工場で現場を見させていただくと、いろんなヒントがあると感じます。会社の規模は小さくても、世界に向けて発信しています。オリジナリティがあるのです。そして、「メイド・イン・イタリー」で職人を大事にします。技術者がヒーローなんです。モノづくりをする人とデザイナーや企画する人が近い存在で、皆が協力している。お客さまと一緒にモノづくりをしている。そのようなイタリアのモノづくりが、日本のモノづくりの参考になるのではないでしょうか。作り手も使い手も、第三者がいたらその人たちも良い体験ができるビジョンづくりが鍵だと思います。
enmono三木氏 ありがとうございました。
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