では、最後にもう一つ重要なポイントから、両国を比較してみましょう。政治体制の安定です。1970〜80年代に東南アジアの大国であったインドネシアは、その後長い低迷期を迎えます。その背景にあったのは、たびたびの政権交代と一貫しない政策です。これは、どこかの国にもかなり当てはまる事象ですが、当時のインドネシアにとってはかなり大きなハンデでした。良くも悪くも、政治リーダーのできが、その国の成長を左右する大きな要因であるのは、発展途上国共通の現象かもしれません。
こうした混乱の時代に終止符を打ったのは、2004年に初めての直接選挙で選ばれた第6代大統領ユドヨノです。その後も、2009年に再選され、2014年までユドヨノ政権が続く予定です。こうした政治の安定が、それまでの反政府勢力を鎮静化し、外国企業からの直接投資の呼び水になりました。そうなると、2.4億人の人口に支えられた国内経済が堅調な成長を始め、更なる外国からの投資を呼び込む成長モデルが、ここ数年のインドネシアで確立されています。
一方のマレーシアですが、1981年に就任した第4代マハティール首相は、「ルックイースト」と呼ばれる日本の勤労論理に学ぼうという政策を掲げ、その後の経済成長をもたらしました。今日の日本の現状からすると、ちょっとピンと来ないのですが、当時は日本に代表されるアジア的な価値観を尊重し、西洋的な価値観を是正しようという目論見があったと言われています。
マレーシアは過去50年近く統一マレー国民組織(UMNO)が政権を担う東南アジア有数の政治体制が安定した国です。ところが、ここに来てUMNOが政権を失う可能性が出てきました。来る5月5日に予定されている総選挙では、野党連合の優勢が伝えられています。この野党連合を率いるのは、元副首相アンワル・イブラヒムです。アンワル副首相は、1990年代半ば、マハティール首相の後継者と目されていたのですが、1997年に起きたアジア通貨危機の対応で、マハティール首相の政策と相反し、結果、副首相の座を追われ、UMNOからも追放されてしまいます。その後は、汚職、同性愛(イスラム教で禁止・その後無罪判決)などの罪に問われ、6年近く刑務所に服役していたのですが、釈放後の2008年には議員復帰し、野党指導者としての地位を築いてきました。
今回、アンワル元副首相にとっては、積年の恨みを晴らすチャンスが到来しているのでしょうが、長期にわたる政治的な混乱はマレーシアにとって大きな痛手となる可能性が高いといえます。1990年代は東南アジア有数の生産拠点であったマレーシアも、2001年の中国WTO加盟以来、海外からの製造セクターへの直接投資が減少しています。その中国への生産拠点一極集中が、「チャイナプラスワン戦略」として是正されている機運は、マレーシアにとっては大きなチャンスであるはずですが……。
複数の国・地域にサプライチェーンを既に構築している一部の大企業は別として、大半の日系企業にとって、進出先のカントリーリスクヘッジは、大きな課題ではないでしょうか。残念ながら、発展途上国が多くを占める「東南アジア」では、さまざまなリスク要因が内包されています。企業レベルで対応できるものも、できないものもあるのですが、後者の筆頭が政治体制といえます。今回取り上げたインドネシア、マレーシア以外の国でも、同様のリスク要因が存在します。最近では、タイ国王の健康問題、ミャンマーの民族紛争などです。
「チャイナプラスワン戦略」なのですから、本来、中国事業での経験を生かした戦略・戦術があってしかるべきです。しかし、カントリーリスクのヘッジという観点からは、日系企業の戦略・戦術には、まだまだ見直すべき余地がかなりあるように感じます。
独立系中堅・中小企業の海外展開が進んでいます。「海外生産」コーナーでは、東アジア、ASEANを中心に、市場動向や商習慣、政治、風習などを、現地リポートで紹介しています。併せてご覧ください。
(株)DATA COLLECTION SYSTEMS代表取締役 栗田 巧(くりた たくみ)
1995年 Data Collection Systems (Malaysia) Sdn Bhd設立
2003年 Data Collection Systems Thailand) Co., Ltd.設立
2006年 Data Collection Systems (China)設立
2010年 Asprova Asia Sdn Bhd設立- アスプローバ(株)との合弁会社
1992年より2008年までの16年間マレーシア在住
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