ここで今回の羽廣氏の「農機具カスタマイズ事業」について、マイクロモノづくりのフレームワークに当てはめて整理してみましょう。……と、本連載恒例のフレームワーク分析を試みたものの、うまく当てはめられず。
実は、これまで紹介してきた事例とは異なる、“マイクロモノづくりの新種”だということが分かりました。
これまでのマイクロモノづくりの流れは、町工場が製品を自分で企画し、それを製造してから、マーケティングをして販売するというものでした。この流れは、いわばメーカーからの「プッシュ型モノづくり」といえます。つまり今回の事例は、当社が従来考えていたフレームワークとは流れが大きく異なるもので、全く新たなマイクロモノづくりのフローになります。私は、このマイクロモノづくりを「プル型マイクロモノづくり」と名付けることにしました。
今回の事例は、先に紹介したように、まずお客さまの「農機具のここを直して欲しい」という、ちょっとしたニーズから事業がスタートしています。これまで紹介してきた事例でも、外部から企画やデザインが持ち込まれるというケースが多々ありますが、その場合は、ひとまず1件のニーズがあったのみで、果たして、その製品の市場があるかどうかは不明な状態でした。しかし、今回の事例は「何件も同じような依頼がある」ということで、明らかに市場は存在しています。
つまり、最初から的確なニーズを捉えているわけで、これは通常のマイクロモノづくりと比較しても、かなり“筋が良い”ものといえます。当社が提唱するマイクロモノづくりは「市場のニーズに気が付かなかったものを現出させる」という概念ですが、今回は「そこに市場があること」をお客さんから知らされたケースということになります。
このループをなるべく高速で回転させることで、さまざまなブランドのカスタマイズ部品が完成されていきます。
今回、羽廣氏を取材させていただいて、一番強く感じたことは、「確かに、農業分野にはまだまだたくさんのニーズが転がっている」ということです。
これまで、町工場はグローバル化した産業の下支えとして下請けとしてやってきました。しかし、リーマンショック後の荒れ狂う円高、さらに大震災とこれまでの大企業を頂点とした仕事はその数と量において少なくなりつつあります。
一方、国内に目を移しても大震災の後、福島原発(福島第一原子力発電所)の事故により、今後原子炉関連の仕事が急激になくなっていくことが予想されます。
このような経済状況下で、「農家」という日本全国どこでも展開されている事業に対して、町工場が部品レベルの物を提供するという、地産地消の「“目からウロコ”のビジネスモデル」は、今後さらにニーズが増えていくのではないでしょうか。
折しも、TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)への日本の加盟が議論されている中で、ここ数年以内で日本の農家も環境変化に耐えられる体制作りが求められています。
農家の方も、少しでも生産性を上げるため、いわゆる「吊(つ)るし」の農機具ではなく、それぞれの農家の事情にあった物にカスタマイズすることで生産性を上げられるでしょう。農業コンサルティングビジネスが今後は成り立っていくことも予想できます。その中で、羽廣氏の取り組みは、町工場が生き延びる糧(かて)を得ながら、農業の生産性効率向上も目指していけるという素晴らしい活動だと感心しました。
今後も、羽廣氏の活動に大いに注目していきます。
関連リンク: | |
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⇒ | MONOist×enmono 合同企画記事 |
三木 康司(みき こうじ)
1968年生まれ。enmono 代表取締役。「マイクロモノづくり」の提唱者、啓蒙家。大学卒業後、富士通に入社、その後インターネットを活用した経営を学ぶため、慶應義塾大学に進学(藤沢キャンパス)。博士課程の研究途中で、中小企業支援会社のNCネットワークと知り合い、日本における中小製造業支援の必要性を強烈に感じ同社へ入社。同社にて技術担当役員を務めた後、2010年11月、「マイクロモノづくり」のコンセプトを広めるためenmonoを創業。
「マイクロモノづくり」の啓蒙活動を通じ、最終製品に日本の町工場の持つ強みをどのように落とし込むのかということに注力し、日々活動中。インターネット創生期からWebを使った製造業を支援する活動も行ってきたWeb PRの専門家である。「大日本モノづくり党」(Facebook グループ)党首。
Twitterアカウント:@mikikouj
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