1970年に米国でマスキー法という大気汚染防止のための法律が改定されました。当時の日本の自動車メーカーは、この法律の影響で日本の自動車を米国に輸出することができなくなるのでは? と肝を冷やしたそうです。
しかし、このまま黙って指をくわえてはいられません。日本の自動車メーカーはこの規制値をクリアすべく、一生懸命研究開発に取り組みました。実は、筆者もその中の1人で、自動車メーカーの人たちと一緒に電子制御によるエンジン制御の開発に携わっていました。当時、いろいろな制御方法を皆で考えては、徹夜もいとわず試作品を作り、実際にエンジンを回して排気ガス測定を行い、排気ガス測定の結果に一喜一憂していました。こうした研究開発を続けた結果、われわれが開発したいくつかの制御方法から規制値内に収まるチャンピオンデータ(最も良いデータ)を測定することにも成功しました。しかし、現実とは厳しいものですね。われわれの制御方法は結局採用されませんでした……。
「自動車を販売してからも継続して規制値を満足しなければならない」という理由からO2センサフィードバックによる“電子制御燃料噴射装置”と“三元触媒”を組み合わせたシステムが最終的に採用されたのです。筆者は、この電子制御燃料噴射装置の電子制御回路のおかげで、そのほかの自動車機器にエレクトロニクスが急激に普及していったと考えています。
このようにマスキー法による規制(逆風)が、結果的にカーエレクトロニクスの発展を強力に後押しすることになりました。よって、筆者はこの「マスキー法による規制」を第4のエポックとしました。
この業界に身を置いた当初、筆者は燃料噴射装置の電子制御回路をアナログ回路で組んでいました。しかし、あるとき、いろいろな設定値を可変にするにはデジタルの方が便利だと考えて、デジタルICを数多く使用するようになりました。しかし、実際に使ってみると便利な点ばかりではなく、苦労した点もありました。それは乗算や除算の演算回路です。特に前述の電子制御燃料噴射装置や電子制御点火装置などの車両制御装置には乗除算が欠かせませんでした。
そうこうしているうち(1976年)に、インテル社製4ビットマイコンを使用した電子制御点火装置がGeneral Motors社から発表されました。図8のマイクロコンピュータの構成図のように一般の電子計算機と同じく、一定の回路を組み込んでおけば制御はソフトウェアプログラムでできますし、固定データである設定値の変更も自由に行えますので、筆者は当時“これからはマイコンの時代になる”と肌で感じました。
ご存じのとおり、マイコンは演算が得意ですので、高精度の制御によりエンジンの出力性能を大幅に向上できることが分かりました。そして、マイコン制御を一気に加速したのがマスキー法以後の“排気ガス規制”と“燃費規制”でした。当初、排気ガスの浄化と燃費、エンジン性能は相反することで、両者を満たすのは至難のワザでしたがエンジン本体の改良に加えて、マイコンによる最適な燃料噴射制御と最適な点火時期制御ができるエンジン総合制御でこれを可能にしたのです。
そして、1980年代に入ると“ハイテク指向”や“ユーザーの多様化”によって、自動車の総合的な商品価値の向上が必要になってきました。このためエンジン制御だけでなく、CRTディスプレイなどによるマルチインフォメーションシステムやサスペンションシステム、ブレーキ制御システムなど、マイコンを応用した商品価値の高い製品が続々と登場しました。これが第5のエポック「マイコンの出現」です。
さて、今回の解説のとおり、カーエレクトロニクスの歴史の中には次のような画期的な出来事がありました。
以上のように、自動車の発展には“エレクトロニクス”が欠かせない存在だということが、これまでの歴史をひも解くことでお分かりいただけたかと思います。さて、次回のテーマは「カーエレクトロニクスに使われる電子制御回路の基礎」です。ご期待ください!(次回に続く)
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