今回はピストンの往復運動を回転運動に変える「レシプロエンジン」と代表的な2つの「エンジン制御システム」について解説する
前回と前々回とで、“カーエレクトロニクスに関する電子制御回路の基礎”について解説しました。今回は、気分を一新して、「エンジン制御とエレクトロニクス」をテーマにお届けします。
自動車に本格的なエレクトロニクスを導入した“ガソリンエンジン”について今回、最近地球に優しいエンジンとして注目されている“ディーゼルエンジン”、パワートレインとしてエンジンと同じ分類に入る“トランスミッション”について次回、以上の2部構成で説明していきます。
それでは、今回のお題“ガソリンエンジン”とエレクトロニクスとの関係について見ていきましょう。
ご存じの方もいると思いますが、1960年代後半から1970年代にかけて日本でも自動車の排気ガスが社会的な問題として取り上げられるようなりました。そのため、規制対象となる有害物質を効率よく除去、無害化することが日本の自動車メーカーの課題となりました。ちなみに、規制対象となった有害物質のうち、「CO(一酸化炭素)」と「HC(炭化水素)」は酸化すれば「CO2」と「水」になり無害化できますが、「NOx(窒素酸化物)」は酸素を除去する還元(注1)でなければ無害化できません。
注1:還元とは、酸化物から酸素を取り除くことなどをいう。ここではNOxから酸素を取り除いてN2にすること。 |
ガソリンエンジンにおいて、これら有害物質(CO、HC、NOx)を同時に除去、排出量を減らすためには、燃料を完全燃焼させることです。完全燃焼させるには、空燃比(空気質量を燃料質量で割ったもの)を理論空燃比(ストイキ)「14.7(空気):1(燃料)」に維持することが重要です。しかし、規制が厳しくなりはじめた1970年当時の燃料供給装置は「機械式気化器(キャブレタ)」であったため、かなりラフな空燃比しか実現できませんでした。
こうした状況を救ったのが、カーエレクトロニクスによる“電子制御の燃料供給装置”でした。
電子制御の燃料供給装置は、エアフロメータ(注2)やクランク角センサ(注3)などで吸入空気量とエンジン回転数などを測定し、燃料供給量や点火時期を決定して、インジェクタや点火コイルを駆動することにより、理論空燃比14.7に維持することを実現しました。ただし、この方式はオープンループシステム(注4)のため、経年変化やほかの要因で空燃比がずれるという課題がありました。これを克服、つまり安定的に空燃比を維持するために、排気管にO2(酸素)センサが取り付けられ、排気中の酸素量をモニタして空燃比を一定に保つ「フィードバックシステム」が採用されました。
注2:エアフロメータとは、エンジンへの空気吸入量を量るためのもの。 注3:クランク角センサとは、クランクの角度を検出してECU(Electronic Control Unit)に伝えるもの。 注4:オープンループシステムとは、制御した結果の値をECUが反映しないシステムをいう。これに対するものとしてクローズドオープンシステムあるいはフィードバックシステムがある。 |
こうした試行錯誤を経て、世界で一番厳しいといわれる日本の排気ガス規制をクリアしたのです。この取り組みを通じて得た技術(カーエレクトロニクス)は後に、エンジンの性能向上や燃費向上に応用され、日本のガソリンエンジンの発展に大きな影響を与えました。
現在、ガソリンエンジンは大きく
の2つに分類されます。
ロータリーエンジンも当然電子制御のエンジンですが、日本では現在マツダ社でしか製造されていません。ロータリーエンジンはレシプロエンジンよりも小型・軽量、高性能のエンジンで一部のスポーツタイプの自動車に搭載されています。しかし、レシプロエンジンと比較すると燃費が劣る、低速域のトルクが少し足りないなど、一般に広く利用されるエンジンとはいい難いものがあります。というわけで、今回はレシプロエンジンに焦点を絞って解説していきます。
レシプロエンジンは、燃料と空気の混合気を燃焼室に押し込んで、着火すると一気に爆発/燃焼・膨張し、膨張したガスの圧力によりピストンを下降させます。そして、燃焼したガスを排気するときにピストンが上昇します。このピストンの往復運動を回転運動に変えて取り出すのがレシプロエンジンです。なお、燃焼室には混合気の吸気を行う際に開く「吸気バルブ」と排気ガスを排出する「排気バルブ」が付いています。
図1に、4サイクルエンジンの工程を示します。
図1 4サイクルエンジンの工程 |
この4つの工程を「4サイクル」といいます。クランク(エンジン)2回転でこの4サイクルを行います。
1気筒だけではトルク変動が大きいのですが、気筒数を増やせば増やすほどトルク変動は平滑されて少なくなります。しかし、気筒数を増せば、当然エンジンの構造が複雑になりその分高価になります。トルク変動以外にも、効率の良いシリンダの容積なども考慮して気筒数が決められます。一般的に普通車では4気筒、高級車では6気筒のエンジンが搭載されています。ガソリンエンジンでもディーゼルエンジンでもいえることですが、混合気の圧力が高いほど高出力になります。なお、現在のガソリンエンジンの圧縮比は10〜11くらいといわれています。これ以上圧縮比を上げると“ノッキング(異常燃焼:ドアをノックするような音から命名)”が起きて、出力が低下したり、ピストンが壊れたりします。
シリンダは機械加工が容易で、精度が出せる円筒形になっています。このシリンダ容積と気筒数を掛けたものが排気量になります。この排気量は吸入空気量とほぼ等しいため、エンジン性能を表す基本数値となっています。
前述のとおり、燃料と空気を完全燃焼させてCO2と水にするために、ガソリン1に対して重量で14.7(容積比約8500倍)の空気が必要です。エンジン性能において出力を最大にするには空燃比を12に、燃費を最大にするには16にするとよいことから、理論空燃比にすれば出力と燃費の両者を満たすことができます。
図2に空燃比に対するエミッションを示します。
図2 空燃比に対するエミッション |
図2からNOxは、燃焼効率の高い理論空燃比付近で高くなっていますので厄介な排気ガスといえます。一方、HCとNOxは太陽光線により光化学スモッグになるためこちらも除去しなければなりなせん。そこで登場するのが「三元触媒」と呼ばれる装置です。これは、排気管の途中に付けられ、排気ガス中の有害3成分(CO、HC、NOx)を触媒反応により、H2O、CO2、N2に浄化するものです。
図3に空燃比と三元触媒の浄化率を示します。
図3 空燃比に対する三元触媒の浄化率 |
図3から「ウインド」と呼ばれる理論空燃比領域において、三元触媒とともに高い酸化、還元率で浄化されることが分かります。
つまり、排気ガス中の有害物質を除去・浄化するためには、あらゆる条件下で理論空燃比のウインドに正確に収めなければならないということです。O2センサは触媒に入る前の排気ガスの酸素濃度を検出することによって、空燃比がウインド領域の濃い方にそれたか、薄い方にそれたかをモニタします。図3のλ=1.00付近のウインドに収めるために空燃比を高精度に制御し、ウインドから外れた場合にはO2センサで検知するフィードバッグ制御が必要になります。
こうした制御を行うためには、エレクトロニクスの力が不可欠です。
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