今岡通博氏による、組み込み開発に新しく関わることになった読者に向けた組み込み用語解説の連載コラム。第16回は、微分積分の本質に迫るシリーズの一環として「ベクタースキャンディスプレイ」について解説する。
前々回、前回とコンデンサーで微分や積分の本質に迫るという記事を書いてきました。
実はこれらに続けて、微分積分をコイルで理解するという記事も用意していたりします。このシリーズは、正弦波を微分回路に通すとなぜ余弦波になるのかということを、数式を使わないで説明しないことには完結しないと思っています。そこで、相互に直角方向に振動する2つの単振動を合成して得られる平面図形であるリサージュ図形がそのカギになるかと考え、ちょっと遠回りになるかと思いますがリサージュ図形と関わりの深い「ベクタースキャンディスプレイ」についてちょっと調査いたしました。
さて、ベクタースキャンディスプレイは1959年にDigital Equipment Corporation(DEC)が初めて製造したコンピュータで採用した表示デバイスの一つだといわれています。そのあたりから話を始めていきましょう。あ、DECといえば筆者が所属していた会社なんですね。筆者が在籍していたのは、主力をPDPシリーズからVAXシリーズに移ったころでした。
DECの「PDP-1」は、初期のコンピュータグラフィックスと対話型コンピューティングの歴史において非常に重要かつ密接な役割を担っています。特に、世界初のコンピュータゲームといわれる「スペースウォー!(Spacewar!)」は、PDP-1に採用されたベクタースキャンディスプレイから生まれたことが知られています。
PDP-1は1959年に製造が開始され、1960年に出荷されたDECの最初のミニコンピュータです。その設計思想は、研究者や学生が直接操作できる「対話型」のコンピュータを提供することにありました。この対話性を可能にした重要な要素の一つが、グラフィカルディスプレイでした。
PDP-1には、標準でDEC Type 30 CRTディスプレイと呼ばれるディスプレイが接続されていました。このType 30 CRTが、まさにベクタースキャン方式のディスプレイだったのです。
図1はDEC社のPDP-1の写真です。
図2はCRT(カソードレイチューブ、Cathode Ray Tube)の仕組みと動作を説明するものです。
CRTは日本ではブラウン管と呼ばれています。CRTはかつてテレビやコンピュータのモニターで広く使われていた表示装置です。電子ビームを操作して画面上に像を描き出します。
カソード(後述)を加熱するための部品です。これにより、カソードから電子が飛び出しやすくなります。
ヒーターで加熱されると、熱電子放出(熱によって電子が飛び出す現象)により電子を放出します。これが電子ビームの源となります。
カソードから放出された電子の量を制御する電極です。この電極に印加する電圧を変えることで、電子ビームの強度、つまり画面の明るさを調整します。負の電圧を強くかけると電子は抑制され、明るさが下がって暗くなります。
コントロールグリッドを通過した電子を加速するための電極です。高い正の電圧が印加されており、電子はアノードに向かって強く引きつけられ、高速で蛍光面へ向かいます。通常、複数のアノードが配置され、電子ビームを細く集束させる役割も持ちます。
カソードから放出され、コントロールグリッドで制御され、アノードで加速された高速の電子の流れです。この電子ビームが蛍光面に衝突することで光を発生させます。
図2では集束コイルとして描かれていますが、電極(集束アノード)の場合もあります。電子ビームが蛍光面に到達する前に、ビームを細く集中させる役割があります。これにより、画面にシャープな点や線を描くことができます。
電子ビームの進行方向を水平方向と垂直方向に偏向させるためのコイルです。コイルに流す電流の大きさと方向を変化させることで、電子ビームを画面上の任意の位置に導きます。テレビの場合、この偏向コイルによって電子ビームが画面を左上から右下へ高速で走査し、映像を構成します。
ブラウン管の前面にあるガラス面の内側に蛍光体が塗布されています。高速の電子ビームがこの蛍光体に衝突すると、蛍光体が励起されて光を放出します。この光の強弱や色(カラーCRTの場合)によって映像が形成されます。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.