周知のとおり、GPS(衛星利用測位システム)と連携しながら大量のマルチメディアデータを扱うカーナビでは、プラットフォームに求められる処理能力が組み込み機器の中でも特段に高い。さらにアプリケーションが高度化する次世代システムとなれば、なおさらだろう。カーナビ分野でトップシェアを持つデンソーがeT-Kernel/Extendedを採用したということは、同製品(T-Kernel全体)の有効性を証明する。
多様なアプリケーションが稼働する大規模組み込みシステムで、信頼性の高いソフトウェアを効率的に開発するには、OSのメモリ保護機能がますます重要視される。ITRONのようなスレッド型(各プロセスが1つのメモリ空間を共有)のOSでは限界があり、それにはプロセスモデル(各プロセスが個々にメモリ空間を持つ)に対応するOSが必要とされる。T-Kernel/SEを先取りしたeT-Kernel/Extendedはこの2つの要件を満たし、システム全体をモジュール化して設計・開発できるので大規模開発に適している。そのほか、POSIX(注)準拠のAPIを持つFATファイルシステムの統合、 システムブートの高速化など独自にチューニングされている。
もちろん、OSがどれだけ優れていても、それだけで機器メーカーは採用しない。eT-Kernelの強みは、RTOS/ミドルウェア製品群「eParts」と統合開発環境「eBinder」がセットで用意されていることだ。
eBinderは2001年5月の発売以来、足掛け5年で約1500シート、約300プロジェクトの導入実績を作り、機能性や使いやすさで高い評価を受けている。タスク単位の反復型開発モデルが特徴で、システム実行中に検証対象オブジェクトのみをロードし、タスクとして検証する。この繰り返しで品質確保を容易にし、開発を効率化する。プロセスモデルのeT-Kernel/Extendedをベースとした開発もサポートし、プロセス/ローダブルモジュール単位でのデバッグも可能である。
ePartsは、汎用ミドルウェアとして各種のファイルシステム/通信プロトコル/USBスタック/グラフィックがそろえられている。中には、業界トップシェアを誇るPictBridge(デジタルカメラからプリンタへ直接印刷するための業界標準規格) 向けSDK「PictDirect」、用途に応じたカスタマイズのしやすさが評価されているファイルシステム「PrFILE2」などがある。
上山氏は「RTOSとミドルウェア、開発環境を全面的に提供できる国内ベンダは非常に少ない。特にT-Kernelでの開発となると、OSと開発環境を密接に絡ませながら進めなければならないので、eBinderを持つ強みがより生きてくるだろう」と、自社の優位性を分析する。今後、T-Kernelベース開発が本格化してくると、イーソルは先行者利益を得られるポジションにいるのは間違いない。
確かに現在のところ、メモリ保護機能を持ち、プロセスモデルに対応した組み込み向けOSとしてはLinuxが有力である。上山氏も「T-Kernelにコミットすることを選択した時点で、Linuxがここまで伸びるとは思わなかった」と認める。ただ、一部の機器メーカーでeT-KernelをはじめとするT-Kernelベース開発が始まっているとすれば、1〜3年のタイムラグで搭載機器が表の市場に出てくるだろう。組み込み分野のテクノロジは往々にして、メディア露出が一段落してから話題性のある搭載機器が登場するまで、“なぎ”状態になる。表向きは静かだが、水面下の開発現場は新しいテクノロジと葛藤している。先行してT-Kernelを採用している開発プロジェクトは、そうした時期にあるのだろう。
そうなると、冒頭で紹介した「雪だるま式に普及する」という上山氏の見通しもうなずける。「われわれの中では、デンソーさんの採用で第1ステップは越えたとみており、第2ステップを越えるメドも立っている。2007年春には普及に加速が付いているだろう」。第2ステップが何かは明言を避けたが、「デンソーさんのプロジェクトを成功させることを最優先させている」とするので、その周辺でのブレイクスルーのようだ。これが成功裏に進めば、カーナビ分野での横展開のみならず、かなり幅広い大規模組み込みシステムにeT-Kernel/Extended(T-Kernel/SE)が適用できることを保証し、パラダイムシフトを起こせるかもしれない。
T-Kernelへのパラダイムシフト。この大きなテーマに向け、イーソル(エンベデッドプロダクツ事業部)は製品・サービスのレベルをさらに高めてゆく考えである。
1つの方策として、現状ではプラットフォーム製品とそれに直接付随する技術サービスを提供しているが、そこへ高度なプロフェッショナルサービスを加える。具体的には、システム全体を細かく部品化して再利用率を高める「プロダクトライン」、数学理論をベースに検証作業を省力化する「形式手法」など最新の開発方法論をコンサルティング提供し始めている。さらに、業界全般で不足しているT-Kernel向けミドルウェアを自社開発・外部調達で充実させる。開発方法論、開発環境、ミドルウェア、RTOSを総合的に提供し、ユーザーの抜本的な開発生産性アップに寄与しようというのだ。
「製品・サービスのレベルを底上げする中で適用分野に応じたパッケージ化も検討している。いわゆるDSO(Device Software Optimization:デバイス・ソフトウェアの最適化)として『カーナビ向け』『デジタルテレビ向け』などに分けて、ユーザーの開発に即適応しやすい形での提供を目指す」(上山氏)。
一方、イーソルは広い視野に立って海外展開を強化してゆく構えである。同社は2004年1月に米国オレゴン州に子会社を設立してePartsやeBinderの販売・サポートを手掛けている。今後は日本市場への進出を狙うSoC(System on Chip)ベンダに対しても、eT-Kernelなどへの対応を働き掛けてゆく。「チップしか持っていないSoCベンダでは、日本市場を攻めにくい。われわれとしても市場を広げることで開発コスト比率を下げたい」(上山氏)。そのほか日本向けにOEM/ODMを手掛けている台湾の有力機器メーカーとの取引も厚くする。すでに20社以上のOEM/ODM製品でeParts、eBinderの採用実績はあるが、自社ブランド製品への採用も進めてゆくのだ。
現在でもアジアを中心として世界各国の組み込みシステムでITRONが使われている。それがT-Kernelへシフトするかどうか。イーソルが果たす役割は大きそうだ。
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