元「日産GT-R」開発責任者が語る、モノづくりにおける日本人の強みとは?モノづくり最前線レポート(2/2 ページ)

» 2014年02月19日 10時00分 公開
[三島一孝,MONOist]
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日本のモノづくりの象徴としてのGT-R開発

 GT-Rの開発について水野氏は「一度は断った」と言う。しかし“日本のモノづくり”を世界に再び示すチャンスとして捉え、受けることを決めたという。「1980年代は新たにSUVの先駆けのような自動車や、マルチパーパスカーの先駆けを生み出すなど、後の時代に通じるような発信力のある開発ができていた。しかし2000年代以降そういう発信力はなくなっていった。もう一度原点に立ち返り、スーパーカーでトップブランドを作ることで日本のモノづくりを象徴するものを作りたかった」と水野氏は語る。

 自動車では、ポルシェやフォルクスワーゲンなどドイツのブランドが強さを誇るが、「ドイツ車でもドイツのモノづくりの価値を追求していない企業は結果としてブランド力も失っている。例えばオペルなどは、いつの間にかドイツ車としてのブランド価値を失っているのではないか。ドイツ車のブランドというのはドイツの文化と人によって成立している。同じように日本車も、日本の文化と人によって作られる価値がある」と水野氏は指摘する。

 そのため水野氏は安易な海外生産には否定的だ。「海外生産対応というのは、日本の技術レベルから落とし、海外の生産レベルに合わせた設計・開発になるということ。どこの国の企業がやっても同じレベルの品質になるということだ。日本企業が取り組めば、本社コストが他の国に比べて重くなるので、結果的に品質が同じでコストが高い製品が出来上がることになる。その勝負はその勝負として、日本では付加価値に違いを作ることを考えなければならない」(水野氏)。

「正直」と「基本」

 GT-R開発に向け、水野氏はチームに「正直」と「基本」という2つのコンセプトを徹底したという。これはデータに基づく事実をしっかり把握し、本質を捉えるということだ。

水野氏 「言葉で定義されているものやお金のことは忘れろ」と語る水野氏

 例えば、速い自動車の開発に対しては「車体は軽い方がよい」「馬力がある方がよい」「重量配分は50:50がよい」など常識として語られていることがあるが「全て間違いだ」と水野氏は指摘する。

 「速い走行の本質とは、タイヤと道路の接する点における最大グリップ係数をいかに維持し続けられるかということだ。いくら車体が軽くても、馬力が大きくても、エンジンの力を地面に伝えられなければ、自動車は進まない。また、カーブを切る時には前輪の進むスピードと後輪の進むスピードは異なり、これを最適化するには重量配分が不均衡であるべきだ」と水野氏は語る。

 実際にGT-Rは重量も他のスーパーカーに比べて重く、エンジンの馬力も大きくはなく、重量配分も54:46とフロントに多くの重量を配分している。しかし、2008年にはドイツのニュルブルクリンクで市販車として世界最速タイム(当時)をたたき出した。水野氏はこの結果を、本質の追求と共に、60万kmにも及ぶ走行テストとそれによって得られたデータを積み上げることで実現したという。

 一方で水野氏は「開発に際して、言葉で定義されているものやお金のことは忘れろ、と伝えた」と語る。

 特に“不要な言葉”の例として示したのがマーケットリサーチの結果だ。マーケットリサーチや各種のパラメータなどは全て過去の結果だ。そのリサーチ結果をそのまま利用した場合、開発した製品が世の中に登場する頃には、既にそれは古い考えとなっている。「マーケティングやパラメータは過去の効率化のツールであって、未来を創造するものではない」(水野氏)。

 また製品開発をするときに「販売価格はいくら」「適正利益を取るには原価がいくら」というように決めるケースがあるが、そうすると開発チーム全体が原価の達成にばかり目が向き、販売価値に見合わない製品を生み出すことになる。結果として値下げして売ることになり悪循環を招くと水野氏は指摘している。

 さらに「製品の価値とは時間軸だ」ともいう。「多くの開発者は販売をゴールと捉えているが、本来は販売して顧客の手に渡った時がスタートで、使い終わる時までの期間にどのような価値をもたらすかということを考えなければならない。そういう時間の流れを感じることが大事だ」と水野氏は強調する。

未来をもたらすのは人の想像力

 それでは、未来に通じる製品を生み出すにはどういうことが必要なのだろうか。水野氏は、それは「感性」であり「想像力」だという。

 「人間の想像力は無限だ。しかし現実的な問題で実現できているものと想像との間にギャップがある。その想像と現実とのギャップをつなぐ手段を生み出し、想像を実現することがイノベーションへとつながる」と水野氏はイノベーションを定義する。

 水野氏は新たな開発に向かう時、調査したデータを頭にたたき込み、そこに想像力を組み合わせて、一気にアウトプットするという手法を用いているという。これらで得られた発想を形にしていくためには、チームでこれらの感覚が共有できなければならない。水野氏はこの“感性の共有”こそ、モノづくりにおいて日本人が優れているところだと強調する。

 「“感性”は言語化できずに映像であったり感覚的なものだが、そういう明示化できないものに共鳴するところが、日本人の優れているところだ。それは日本語が非常に感覚的な言語であることが大きい。これらの感性の共有は、ビジョンを形にしていくという場面において、大きな力を発揮できる」と水野氏は語っている。



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