満足のいく試作品が何とか完成し、藤沢氏は早速プロモーションビデオ(PV)も制作開始。iPhoneで動画を撮影し、簡単に編集しただけのコンテンツですが、非常にシンプルで分かりやすく、かつセンスがよい仕上がりになりました(以下)。
iPhoneのカバーとして使え、スタンドにもなるという非常にシンプルなコンセプトを紹介しながら、笑いを誘うトリッキーな動きと、藤沢氏の“製造業の社長らしからぬ”おちゃめな雰囲気を伝える動画に、閲覧者からは「面白い!」「どや顔だ!」といった反響が届きました。
この動画は、おばかモノづくり祭の準備ページに参加していなかった人たちも、FacebookやTwitterなどでどんどんシェアしてくださいました。MONOistで掲載記事が公開された後、動画のアクセス数はさらに大きく伸び、閲覧者たちからニットーに、Trick Coverの製品化についての問い合わせが寄せられたということです。
藤沢氏は、Trick Coverの反響の大きさを受け、本格的に製品化を意識して、その完成度を上げていくことになりました。
藤沢氏にお会いするたびに見せていただいたTrick Coverの試作品は、毎度のように改良されていました。その開発スピードからは、町工場による最終製品開発ならではの「マイクロモノづくりの神髄」が感じられました。
おばかモノづくり祭を準備しているときから、2012年5月開催のデザイン・フェスタ(デザフェス:東京ビッグサイトで開催)に、われわれenmonoもエントリーしようという話が出ていました。
デザフェスは、年2回開催される日本最大のアート系展示イベントです。そこには、プロ・アマを問わない、アートやモノづくりが好きな若年層の人たちが集い、自分の作品を持ち寄って展示し、即売もしています。来場者は、毎回増加し続けている傾向のようです。男女を問わない多種多様な来場者も、アートイベントならではですね。海外からの来場者も見掛けることができます。
われわれは、おばかモノづくり祭に続々とエントリーされる「“本気な”おばか作品」たちを見ていて、「われわれのブースで実物を展示してみよう」と思い付きました。藤沢氏は、さらにそこで、Trick Coverの試作品の店頭販売を実施し、顧客の反応を直接見てみようと考えたのです。
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デザフェス出展の決定は急でしたので、Trick Cover本体の製作そのものは進んでいたものの、パッケージや説明書は出展直前まで手が回っておらず、藤沢氏はほぼ徹夜で準備していました。
デザフェス会場で藤沢氏が実施したのは、「徹底的なお客さんとの対話」でした。マイクロモノづくりの中で極めて重要なのが、「取りあえず自社製品を一般の人に体感してもらい、どのような反応があるか観察する」ということです。
具体的には、会場内で藤沢氏がTrick Coverのデモンストレーションを実施。それを見て興味を持ってくれた来場者に、実際に製品を手渡してみて、そのトリッキーな動きを体験してもらいました。
そういったコミュニケーションを図りながら、体感してもらった方々に、適切な大きさや重さ、色、機能、細かな使い勝手のことなどをヒアリングしていきました。また「実際に購入してみたいと思うか」も率直に尋ねてみました。
Trick Coverは、デザフェスに出展した時点では試作段階でしたので、原価もそれなりに掛かっていました。なので「9500円」と、デザフェスの展示中では結構高額な値付けになりました。ちなみに、デザフェスにおける平均的な販売価格は1000〜2000円前後といわれています。実際、Trick Coverを体験し、「面白い」と興味を示した来場者に、9500円という価格を見せると、案の定「高い」という反応が多かったです。
藤沢氏は、そんなデザフェス来場者の反応から、「5000円前後の価格設定が適切だろう」と判断したということでした。
中小製造業による自社製品開発において、開発者はモノづくりの範ちゅうに関しては、非常に熱心で、“前のめり”で集中する傾向です。その一方で、実際に製品を使う人の体験、あるいは価格設定などのことは深く考えないで、自分の価値観のみでプロジェクトを推し進めてしまう場合が多く見受けられます。
藤沢氏についてはその心配は無用で、「センスのいい感じ」が発揮されていました。同氏は、実際に自分でユーザーの声をヒアリングし、それを実直に受け止めながら、製品開発や価格設定を検討していました。
藤沢氏は、Trick Coverの商品化に向けて作業する中で、実際にケースの堅牢性を確かめるために、それ専用の耐久試験機まで開発しました。
町工場のマイクロモノづくりで生まれる製品も、やがて顧客の手に渡ります。耐久性能や安全性は十分にチェックした上で開発や出荷をすることは、当然ながら重要なことです。
“モノづくりのプロ”たる町工場が、自ら製品開発を製造・販売することの利点は、単純に“デザインや発想だけ”で終わらせずに、「作れる力」を最大限に発揮できるというところなのでしょう。
さて読者の皆さんは、「こんなワクワクするモノづくりを実践する町工場とは、一体、どんな感じなのか」興味があるのではないでしょうか。
われわれも、実際にニットーの工場を見学させていただきましたが、ちょっと感動してしまいました。なぜなら、5Sの行き届いた、非常にきれいな工場だったからです。整理整頓され、床も非常にきれいでした。
「ニットーでは、どれくらい5Sができているのか」、それをよく表す、こんな面白いエピソードがあります。
ニットー社内では、夕方5時になると、突如、映画「ロッキー」のテーマ曲(Gonna Fly Now)が流れ出すのです。「一体、何が起きているのか!?」と、その現場に直面したわれわれも一瞬、きょとんとしてしまいました。
これはニットーの規則で、どんな作業をしていようとも、この曲が流れている時間は、社員全員が周囲を徹底清掃する規則になっているとのことでした。
工場内に掲げられていた「お客様が感動する工場!」というスローガンからは、純粋に「面白いもの」「楽しいもの」を生み出そうとする藤沢氏の気持ちと、皆が一丸となって「お客さまを感動させるモノづくり」に挑む社員の方々の心意気が、ひしひしと伝わってくるようでした。
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ニットーのTrick Cover編、次回に続きます。個人や小さな企業でも参加できる新しい資金調達の仕組み「クラウドファンディング」に藤沢氏がチャレンジ! その事例を通じて、成功の秘訣や注意すべき点について考えていきます。
enmonoは、東京都大田区の町工場2代目集団「おおたグループネットワーク(OGN)」と組んで、「発電会議」という町工場が製品開発の種を見つけるためのオープンな商品企画会議を定期的に実施しています。製品企画の素となる発想は、1人ではなかなか難しいものです。この会が皆さんの「何を作るのか」というニーズ探しの一助になればと思っています。
開催予定日や会場、テーマなどの情報は、下記のFacebookページから確認できます。ぜひご参加ください。
三木 康司(みき こうじ)
1968年生まれ。enmono 代表取締役。「マイクロモノづくり」の提唱者、啓蒙家。大学卒業後、富士通に入社、その後インターネットを活用した経営を学ぶため、慶應義塾大学に進学(藤沢キャンパス)。博士課程の研究途中で、中小企業支援会社のNCネットワークと知り合い、日本における中小製造業支援の必要性を強烈に感じ同社へ入社。同社にて技術担当役員を務めた後、2010年11月、「マイクロモノづくり」のコンセプトを広めるためenmonoを創業。
「マイクロモノづくり」の啓蒙活動を通じ、最終製品に日本の町工場の持つ強みをどのように落とし込むのかということに注力し、日々活動中。インターネット創生期からWebを使った製造業を支援する活動も行ってきたWeb PRの専門家である。「大日本モノづくり党」(Facebook グループ)党首。
Twitterアカウント:@mikikouj
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