組み込み分野のソフトウェア・クライシスを防ぐ組み込み企業最前線 − ウインドリバー −(2/2 ページ)

» 2005年11月29日 00時00分 公開
[石田 己津人,@IT MONOist]
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組み込み開発向けEclipseをリード

 2005年6月、VxWorksのバージョンを「5.5」から「6.1」に引き上げたのに合わせ、Tornadoの開発を中止。一足先にVxWorksとLinux、ユーザー独自OSに対応するクロス開発環境となっていたWorkbench一本に絞った。「WorkbenchはTornadoからデバッガやコンパイラを継承しており、使い勝手はそれほど変わらない」というものの、Eclipseのオープン・フレームワーク上に自ら乗ったわけだ。


画面 Wind River Workbench 画面 Wind River Workbench

 「TornadoをEclipseへ切り替えることには、社内でも議論があった。ただ、DSO戦略上、開発環境をオープンにして標準化することは不可欠。そうしないと、デバイス・ソフトウェア開発は分断された開発環境の中で、いつまでも技術者のファイア・ファイティング(力業)に頼らざるを得ない。われわれとしても、プロプラエタリにこだわっている限り『VxWorksのウインドリバー』のイメージから抜け出せないと判断した」(藤吉氏)。

 Eclipseを採用したのは、組み込み系とエンタープライズ系でソフトウェア開発の違いが徐々に薄れていることも影響している。最新の3G携帯電話の開発量は500万ステップにも及ぶといわれている。また、ルータなどの通信機器にサーバ・ソフトウェアを搭載するケースもある。エンタープライズ系で標準的な開発環境となりつつあるEclipseの採用は、必然だったのかもしれない。実際、ウインドリバー以外のツールベンダもEclipse対応を進め始めた。

図 Wind River Workbenchの構成 図 Wind River Workbenchの構成

 しかもウインドリバーは、オープン・フレームワークに乗るだけでなく、自ら技術をリードしようとしている。「Eclipse Foundation」の組み込み向け開発プラットフォーム・プロジェクトに8人もの技術者を常駐で送り込んでおり、同プロジェクトをリードする。これは、オープン・フレームワーク上でも技術アドバンテージを確保しやすい。一方で、マルチOS/マルチCPU対応でサードパーティ製やユーザー開発のEclipse向けプラグインとの連携も容易という標準化のメリットをユーザーに提供しやすい。ある意味、合理的な選択だったといえるだろう。


Linuxを“標準化”する

 もう1つの大きな決断であるLinuxサポートも加速させている。米レッドハットとの提携により、2004年11月にPlatform for Network Equipmentで「VxWorks版」に「Linux版」を加えたのを皮切りに、2005年6月にはGeneral Purpose Platform、11月からはPlatform for Consumer DevicesでもLinux版を登場させている(ともに米国発売時期)。

 確かに、組み込みソフトウェアは何も1つの開発プラットフォームに縛られるものではない。各機器に最適なプラットフォームを選べばよい。VxWorksはリアルタイム性に優れ、Linuxでは機能性を追求できる。とはいえ、VxWorksの領域がLinuxに侵食されるリスクはある。カーネル・チューニングでリアルタイム性を上げた組み込みLinuxも登場している。組み込み機器が搭載するプロセッサのクロック数が上がってくると、ハードウェアで処理できる部分が増えてくる。

「Linuxの開発で困るのは開発環境」 「Linuxの開発で困るのは開発環境」

 それでも藤吉氏は自信を見せる。「国内では2005年春からLinux版を提供しているが、3社に2社はVxWorks版を選んでいる。VxWorksはライセンス料が安くなったので、採用しやすくなっている。それと、Linuxが注目されてから3年ぐらいたち、Linuxの実態が理解されてきたからではないか。開発コストは安くなく、製品化もたやすくないことを。もちろん、Linuxによる開発を進めていくユーザーもあるが、その場合も困っているのは開発環境の部分だ。そこでは、われわれのWorkbenchを提案できる」。

 ウインドリバーにとって、Linuxサポートは単にDSO戦略上オープンソースを取り込むという意味以上のものがある。最近、“Linux folk”という言葉が使われ始めている。フォークのように、1本の幹が先で枝分かれしているという意味だ。組み込みLinuxは、ベンダやユーザーが独自にカーネル・チューニングを施しているのが普通だ。ウインドリバーによれば、そうした組み込みLinuxが全世界に約700種類もあるという。「結局、かつての組み込みUNIXと同じで、Linuxもプロプラエタリになっている。開発プラットフォームの標準化と相反してDSOにならない」(藤吉氏)。

 この問題に対して打ち出したウインドリバーの答えは、カーネルに手を入れず“素”のまま使うということだ。例えば、Linux版のPlatform for Consumer Devicesは、安定版のカーネル2.6.10を未加工のまま用いている。機能の修正や追加は、カーネル開発コミュニティのパッチを適用することで、標準性を維持していくという考えだ。ベンダの独自性をあえて殺し、「デバイスへのLinux採用が進めば進むほど、Linux folkは大きな問題となってくる」と業界に警鐘を鳴らす。こうしたことが可能なのも、OS単体ではなく「組み込みソフトウェア開発の最適化を担う」というDSO戦略が最上位にあるからだろう。

本物のプロを擁したサービス提供

 ウインドリバーは、開発プラットフォームや開発ツールを提供するだけでなく、ユーザーの製品開発を支援する「プロフェッショナル・サービス」によってもDSO戦略を進める。同サービスは一般の保守サービスや受託開発とは異なり、高度な技能を持った専門人材のアウトソースとコンサルティングをユーザーに提供するものだ。例えば、携帯電話の3G基地局にはVxWorksが広く使われており、3カ月ごとにある新機能の設計、実装を同サービスの部隊が担当しているという。国内のスタッフは7名だが、約120名のグローバル・リソースが連携して国内案件もこなす。

Wind River製品のカスタマイズ
  例:カーネルサイズの小型化、高速ブート、IPv6 NATサポートほか
ソフトウェア・ソリューション
  例:自動車内データネットワーク、STB、ワイヤレスLAN、キャリアグレードLinuxほか
コンサルテーション
  例:問題調査、解決法提案、開発方針評価、コードレビューほか
BSP(ボード・サポート・パッケージ)開発
  例:新規アーキテクチャ用BSP、デバイスドライバ開発ほか
プロフェッショナル・サービス

 同サービスの実力を物語るエピソードがある。米航空宇宙局(NASA)は2004年1月、火星探査ローバー「スピリット」による火星探査を成功させた。この制御システムに使われていたのはVxWorksだった。ただ、メモリ不足により勝手にリブートを始めるという現象から、スピリットは一時的に制御不能となった。これに対して、同サービスの技術者が急きょアプリケーションの問題をOS側から回避する仕組みを作り上げ、地球から1億6000万kmも離れた火星のスピリットにパッチを当てることで探査継続を可能にしたという。まさに、プロフェッショナルと呼ぶに値する。


国内市場へのコミット強める

 ウインドリバーはDSO戦略を推進する一方で、「デジタル家電、自動車、ロボット/工作機械の技術開発でかなり先行している」という日本市場へのコミットをいっそう強める考えだ。ウインドリバー本社の経営陣がユーザーのエグゼクティブから同社の製品/マーケティング戦略に対する評価をじかに聞く「カスタマ・アドバイザリ・ボード」に、2005年秋から国内ユーザーが初めて参加したというエピソードからも、それはうかがえる。

 特に、全社営業戦略でのトッププライオリティは日本の半導体メーカーとのアライアンス強化だという。「これまで米国メーカー中心にパートナー関係を深めてきたが、今後はマルチメディア向け半導体などを得意とする日本メーカーとの連携が不可欠になる」(藤吉氏)。半導体に精通した専任のシニアマネージャを置き、米本社が全面的にコントロールしているため、国内パートナーとのアライアンス契約では取り扱いが煩雑になる「知的財産権」に関しても、「日本法人で直接取り扱えるようにしていく」と、力の入れようを示す。

 国内の産業別に見れば、組み込みソフトウェアの適用がこれから最も伸びると見られている自動車産業への浸透が遅れていた。ITRONによる“内製文化”が根強く、ウインドリバーの先行投資も弱かったからだ。ただ幸いなことに、ソフトウェアの開発量が急増している自動車産業でもソフトウェア開発プラットフォームを標準化しようという動きが出てきた(注)。これは、ウインドリバーのDSO戦略と合致する。

※注
2004年9月に標準化団体「JasPar」が発足した。トヨタ、日産、ホンダの3大メーカーや電装メーカー、半導体メーカーなどが参加。

 日本法人から発信されたウインドリバーのDSO戦略は、日本で大きく結実しそうな気配である。

関連リンク:
JasPar

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