ただ、そうしたLinterの光る部分はなかなかユーザーに認められず、HDD内蔵オーディオコンポに搭載されて以降、年間で数件の小規模な案件があるぐらいで、「会社の利益の大部分がLinterへの投資で消えていた」(藤木氏)と、ブライセンにとっては我慢のときが続いた。
その窮状を救ったのが、前述したソニエリのSO903iである。実は当時、ブライセンはソニエリと同じくNTTドコモのSymbian陣営に属するある端末メーカーへ営業アプローチを掛け、LinterのSymbian移植を進めていたが、その案件がなかなか成約せず、努力が無為となりかけていた。そこへソニエリ側から突如打診があった。そして、ブライセンの技術者は精力を注ぎ込み、短期間でLinterの実装を済ませたという逸話がある。
SO903iは当時、“最強の音楽ケータイ”として登場。最大5Gbytesメモリに楽曲データを大量保存しながら、専用機並みにスムーズに操作できる点が話題となった。その製品コンセプトを実現するために、Linterクラスの高性能な組み込みDBが不可欠だったのだろう。
ともかく、SO903iでの採用で端末メーカーの見方が一気に変わったという。ブライセンは同時期、Relex社の米子会社を買収し、Linterの知的所有権を手に入れ、ベンダとしての信頼感も増していた。これらの要素が技術選定に慎重なKDDI、NTTドコモをも動かしたのだろう。一方で、ケンウッドが2007年1月に発売したAV機能一体型カーナビ「HDV-990/790」にもLinterは搭載されており、携帯電話とカーナビというコンシューマ系組み込み機器の双へきで採用実績を持つことの意味は小さくない。
藤木氏は「ケータイやカーナビなどで、数多いアプリケーションごとのデータ処理機能を作り込むことは、もはやあり得ないだろう。かといって、(機器メーカーが)高機能な組み込みDBを内製し、拡張し続けていくのは至難の業。エンタープライズ分野のようにコンポーネント製品として調達する時代になる」と示唆する。実際、Linterを採用したアプリケーション開発では、「記述するコード量が従来の20分の1、50分の1になった事例があり、少なくとも半分以下になるはず」(藤木氏)という。
確かに、エンタープライズ級の機能を持つLinterは、普通の組み込み機器にとってかなりのオーバースペックになる。CPUやメモリが貧弱だと、DBサーバアクセスがもたらすオーバーヘッドも無視できない。単純なデータ処理を高速にこなすアプリケーションなら、ライブラリ型の組み込みDBの方が合っている場合も多いだろう。
それでも、複数アプリケーションで高度なデータ連携を行ったり、外部のサーバや機器とデータ連携するようなインテリジェントな組み込み機器ならば、Linterが持つ本格的なRDBMS機能は魅力である。例えば、Linterのレプリケーション機能を利用して、複数の機器同士がネットワーク経由でデータを自動同期させることができるなど、これまでの組み込み機器にはないアプリケーションを開発できそうだ。
インテリジェントな組み込み機器は確実に増える方向にあり、それに伴って、ブライセンの組み込みDB事業も拡大していくだろう。懸念材料があるとすれば、同社のサポート体制がそれに追い付くかどうかだ。ハードウェア資源が限られる組み込み分野では、SQLレベルで巧みにDB性能をチューニングしていく必要があるが、当然、SQLに精通した組み込みエンジニアはそれほどいない。そのため現状は、ブライセンの技術者がユーザーの開発プロジェクトに入り込んで支援することが多い。「現在は国内外で40名ほどの専任エンジニアを早急に増員しなければならなくなりそうだ」と藤木氏は話す。
ロシアで生まれたエンタープライズ向けRDBMSが、日本メーカーのケータイやカーナビの中で組み込みDBとして花開く。考えてみると不思議な巡り合わせだが、それを結び付けたのは、会社の利益の大部分を食いつぶしている間も、ブライセンがLinterの可能性を信じ続けたからだろう。
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