同社は2010年の12月に、現代の生活の中に仏像を取り入れた現代的ブランド「イSム」(イスム)を立ち上げました。
イSムブランドでは、フィギュアの販売と併せ、ターゲット層をひきつけるさまざまなイベントを仕掛けていきました。その1つが、「イSムフォトコンテスト」です。自分の持っているイSムブランドのフィギュアの写真をサイト上にUPしてもらい、その美しさを競い合うというイベントです。
イSムでは、「野暮ったい」とか「古臭い」といった仏像の従来イメージから、「新鮮でハイセンスなオブジェ」というイメージへ変えようと試みます。
“コアなイメージ”を漂わせていた従来の仏像好きだけではなく、「仏女」(ぶつじょ)「仏男」(ぶつお)と称される、比較的若年層の“洗練された感じ”の仏教好きを着々と取り込んでいきました。
このようなイSムのブランディングイメージは徐々に、ファンたちを中心にして定着していくのです。
同社では、「イSムフォトコンテスト」のほかにも、“楽しくてワクワクする”ようなイメージでもって、これまで仏像に触れて来なかった層も視野に入れ、仏像フィギュアを世の中に広く認知してもらえるようなイベント展開をしていきました。
仏像フィギュアの「精巧さ」と「完成度の高さ」をアピールしただけでなく、六本木ミッドタウンという“大人の遊び場”としてはハイクラスな部類に入る場所でイベントを開催することで、仏像フィギュアに興味を持ちそうな富裕層を狙ったブランディングをしていきました。
イベントで得た成果は、森田氏にとって大きな手応えになったということです。
例えば、20〜30歳台の仏像好きが集まる都内のイベント「仏像ナイト」に協賛をして、その景品としてイSムの仏像フィギュアを提供することで、イSムブランドの浸透・定着を狙っていきました。
東京六本木のミッドタウンの夜景の見えるバーでは、「仏像を見ながらボジョレヌーボーを飲む会」を開催し、都会的なバーの雰囲気と、イSムの精緻な仏像フィギュアが醸しだす高級感ある雰囲気を演出。トークセッションも行われました。
仏像フィギュア一体(スタンダードモデル)で6万3000円(税込み)で、その下のグレード「TanaCOCORO」も、1万9950円(税込み)で、“それなり”の価格です。そんなイSムの製品を売っていくためには、ブランディングが重要となります。
実際、「イSム」ブランドのロゴ、Webサイトに掲載されている写真、パンフレット、フィギュアを入れる箱の大きさやデザイン、梱包材の種類と、いたるところに細かい気遣いが感じられ、“ブランドとしてのこだわり”が感じられました。
フィギュアを購入すると、それを持つための手袋まで梱包されてくるという、キメの細かいこだわりよう。人が直視していない細やかな部分に、相当コストを掛けている印象です。
このように細部まで徹底的にこだわるのは、米Apple社の製品に代表される、「ユーザーの体験・印象を大切にする」感覚に近いのでしょう。
森田氏のブランディングの活動は、これまで筆者たちが接してきたマイクロモノづくりの企業には見られなかった程の“強いこだわり”を感じました。同氏がそのようなことに“開眼した”のには、大きなきっかけがあったとか。
イSムのブランドへ移行するにあたり、森田氏が外部のデザイナーにパンフレットを依頼したときの話。デザイナーに森田氏自作のパンフレットを見てもらったのですが、相当“ボロクソに”ダメ出しをいただいたそうです……。
それで森田氏は、ブランディングは生半可な考えでできることではなく、やはり「プロのデザイナーにきちんと依頼して行うのが正当」だということをはっきりと認識したということなのです。
もちろん、ブランディングのコストは最初の「阿修羅像」フィギュアが売れての実績があって捻出できたというのはあるでしょう。しかしコスト以前に、「ブランディングや、ユーザーの感じ取る印象に、どこまでこだわるのか」という意識が重要となります。
さて、今回のマイクロモノづくり事例は「仏像フィギュア」と、これまで紹介してきた事例の数々とは大きく異なる雰囲気の物でした。また、ここまでブランディングに力を入れている事例も見られませんでした。
今回の事例をマイクロモノづくりのフレームワークに当てはめれば、「ブランディングのフェーズ」の活動に、徹底的に取り組んでいるということになります。
優れたマーケティングの一例としてぜひ取り上げたいのが、Apple社です。
書籍『スティーブ・ジョブズ I』(ウォルター・アイザックソン著)によれば、Appleの初期のマーケティング戦略は以下の3つだったといいます。
特に3の「印象」に注目をしてみましょう。
Apple製品のパッケージは、「箱を手に取ったときの質感」「パッケージを開けたときに最初に目に飛び込んでくる製品の“しつらえ”」「付属品の梱包状態」まで、本当にデリケートともいえる気遣いを感じられます。
それと同様に、イSムブランドでも、製品づくりから、パッケージにいたるまでの「印象」が、“1本筋が通っている”ような感じなのです。
高付加価値、高利潤を標榜するマイクロモノづくりですが、今回は、ブランディングとユーザーの総合的な印象を重視する必要性を再認識された事例といえます。
本連載の“いつもの感じ”なら、仏像フィギュアの事例で完結というところですが、MORITAの事例には続編があります。
イSムファンの新たなニーズに、マイクロモノづくり企業同士のコラボレーションによる“オドロキノシカケ”で挑むという事例です。次回を楽しみにお待ちください。
関連リンク: | |
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三木 康司(みき こうじ)
1968年生まれ。enmono 代表取締役。「マイクロモノづくり」の提唱者、啓蒙家。大学卒業後、富士通に入社、その後インターネットを活用した経営を学ぶため、慶應義塾大学に進学(藤沢キャンパス)。博士課程の研究途中で、中小企業支援会社のNCネットワークと知り合い、日本における中小製造業支援の必要性を強烈に感じ同社へ入社。同社にて技術担当役員を務めた後、2010年11月、「マイクロモノづくり」のコンセプトを広めるためenmonoを創業。
「マイクロモノづくり」の啓蒙活動を通じ、最終製品に日本の町工場の持つ強みをどのように落とし込むのかということに注力し、日々活動中。インターネット創生期からWebを使った製造業を支援する活動も行ってきたWeb PRの専門家である。「大日本モノづくり党」(Facebook グループ)党首。
Twitterアカウント:@mikikouj
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