産業技術総合研究所は、ヒト免疫不全ウイルス(HIV)を用いて、現在B型肝炎治療に広く用いられている核酸アナログ製剤「エンテカビル」が作用する仕組みと、薬剤耐性が生じる仕組みを明らかにした。
産業技術総合研究所は2018年1月26日、ヒト免疫不全ウイルス(HIV、もしくはエイズウイルス)を用いて、現在B型肝炎治療に広く用いられている核酸アナログ製剤「エンテカビル」が作用する仕組みと、薬剤耐性が生じる仕組みを明らかにしたと発表した。この成果は、同研究所生物プロセス研究部門 主任研究員の安武義晃氏らと、国立国際医療研究センターとの共同研究によるものだ。
現在、B型肝炎治療薬としてエンテカビルなどの核酸アナログ製剤が広く用いられている。これらはB型肝炎ウイルス(HBV)の逆転写酵素に結合し、HBVの働きをブロックして増殖を抑える。しかし近年、薬剤に耐性を持つHBVが報告されており、それに有効な新しいB型肝炎治療薬や、薬剤耐性を獲得させない治療薬の開発が求められている。
それらを開発するためには、薬剤が結合した状態の逆転写酵素の立体構造情報が必要だ。しかし、HBV逆転写酵素は非常に不安定なタンパク質で、その構造研究は進んでいなかった。一方、HIVの逆転写酵素は比較的安定しており、核酸アナログが結合した状態の立体構造解析も進められている。全体構造は全く異なると予想されるが、核酸アナログが結合する活性部位では両者に共通したアミノ酸が見つかっていることから、活性部位の局所構造はある程度似ていると考えられる。
そこで今回、HIV逆転写酵素の活性部位を構成するアミノ酸のうち、HBV逆転写酵素のアミノ酸とは異なる箇所を選定し、それらをHBV逆転写酵素と同じアミノ酸で置換して、HBV逆転写酵素の性質を持つHIV逆転写酵素を作製した。HIV逆転写酵素の活性部位にあるグルタミンをメチオニンに置換することで、HIVはエンテカビルに対し高い薬剤感受性を示すようになった。
次に、この改変HIV逆転写酵素を結晶化させ、その活性部位にエンテカビルを結合させた状態の立体構造と、DNAの材料であるデオキシグアノシンを結合させた状態の立体構造を解析した。エンテカビルは、環の外側に疎水性のメチレン基が突き出しているが、それ以外はデオキシグアノシンと同じ構造だ。
両者を詳細に比較した結果、エンテカビルが逆転写酵素に結合する仕組みと、薬剤耐性が生まれる仕組みが明らかになった。後者については、これまで、HBV逆転写酵素の活性部位底部のメチオニンがバリンやイソロイシンに変化すると、エンテカビル耐性になることが分かっていた。
今回の研究で、このメチオニンとエンテカビルのメチレン基との疎水相互作用が、エンテカビルが活性部位で維持されるために重要であることが分かった。メチオニンよりも小さなバリンやイソロイシンでは、メチレン基との距離があいて接触できず相互作用が失われる。その結果、エンテカビルが活性部位に安定して結合できなくなると考えられる。
この立体構造情報を用いることで、逆転写酵素の活性部位により適合する核酸アナログ構造を検討できるようになる。今後、HBVやエンテカビル耐性HBVに対する新しい治療薬の開発が期待される。
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