ムーヴ キャンバスの方は明るい室内色を採用しているのはラパンと同様であるが、1つ1つの要素を見せるより、要素を整理することとあわせて、全体を「よりおおらかに」「よりシンプルに」と仕上げ、最後にボディーカラーと呼応した差し色を使うことで、しゃれた上質感ある雰囲気を目指しているように感じる。甘い印象のラパンと見比べると、こちらの方はややクールな仕立てだ。
「愛らしさ」「おおらかでシンプル」「こだわりのデザイン」「ぬくもり」「愛着」、どちらのクルマの広報資料にも、クルマの狙いとして同じような言葉が並ぶ。それでもこうして両車を並べて見比べていくと、印象が異なり違いが出ている。この違いが、担当編集者のように「ラパンはカワイイのに、ムーヴ キャンバスはカワイクナイ」とか、あるいはその逆に感じるとかいう印象につながっている。
今回の2つのクルマは未婚女性をメインユーザーにするところは同じでありながら、世帯内共有車も掲げるムーヴ キャンバスと、私の居心地のいい部屋を訴求するラパンでは、パーソナル感の演出度合いが異なる。パーソナル感が強いか弱いかは、「個人のもの」としての思い入れなり共感なりを抱いて、ユーザーの気持ちが入り込めるかというところに委ねられる。
ここに「カワイイ」の感じ方においても違いが出てくると感じた。同じように丸みや愛らしさのあるカタチのクルマであっても、自宅で飼っているペットに対する「ウチの子」へのカワイイになったり、動物園やペットショップで見るだけの愛くるしい形の動物(自分の生活に密着していない存在として)カワイイとなったり、あるいは無関心になったりする。
同じカワイイという感情でもその人にとっての意味が異なるのと、ラパンとムーヴ キャンバスの捉えられ方に違いがあるのは、似ているかもしれない。
今回は、「軽自動車のカワイイとは?」と投げかけられて、2モデルを比較しながら見ていくというところから始まったのだけど、ムーヴ キャンバスとラパンという派生車を見ていて感じたのは、カワイイかどうかではなく「多様性への対応の仕方」ということだ。
ダイハツにせよスズキにせよ、軽自動車市場のユーザー層を細分化し、それぞれのセグメントに「違うモデル」を当てていこうとしている。ダイハツ工業のラインアップで見ると、背が高めのハイトワゴン系だけでも、「ウェイク」「タント」「ムーヴ キャンバス」「ムーヴ コンテ」「ムーヴ」「キャスト」と、専用ボディーのモデルが何と6車種もある。
似たような、でも少しずつ違うというモデルが多く投入される現状の軽自動車市場では、新モデルで「新たな市場(ユーザー)の開拓し市場を拡げる」というよりは、既存モデルとの多少の食い合いがあったとしても、少しでも新しい切り口を提示することで、より多くの「ウォンツ」を刺激し、限られた既存市場の中でのブランドとしてのシェアを少しでも広げようということに見える。
軽自動車市場でのこの状況は軽自動車のみならず、モノづくり全体の傾向としても、大量生産でありながらもユーザー個人個人のためのモノを提供する、マスカスタマイゼーションへと向かう途中段階への道なのだろう(個人的な未来への希望も込めつつ)。
林田浩一(はやしだ こういち)
デザインディレクター/プロダクトデザイナー。自動車メーカーでのデザイナー、コンサルティング会社でのマーケティングコンサルタントなどを経て、2005年よりデザイナーとしてのモノづくり、企業がデザインを使いこなす視点からの商品開発、事業戦略支援、新規事業開発支援などの領域で活動中。ときにはデザイナーだったり、ときはコンサルタントだったり……基本的に黒子。2010年には異能のコンサルティング集団アンサー・コンサルティングLLPの設立とともに参画。最近は中小企業が受託開発から自社オリジナル商品を自主開発していく、新規事業立上げ支援の業務なども増えている。ウェブサイト/ブログなどでも情報を発信中。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.