「船」や「港湾施設」を主役として、それらに採用されているデジタル技術にも焦点を当てて展開する本連載。第4回は、「にっぽん丸」で通信長を務める出口勝浩氏のインタビューから、表に出る機会が意外と少ない通信長の「イマドキの仕事」に迫る。
船の役職、と聞くと「船長」「機関長」と並んで「通信長」が出てくるだろう。「通信長というぐらいだから、無線を扱う仕事ですよね。あ、最近では衛星通信かな。『Starlink』とか?」というイメージだろう。しかし、話を聞くとどうもそれだけでは収まらないようだ。
今回の「イマドキのフナデジ!」は、日本の“老舗客船”(日本に限らず世界的に見ても)「にっぽん丸」で通信長を務める出口勝浩氏のインタビューから、船長や機関長とは違って表に出る機会が意外と少ない通信長の「イマドキの仕事」に迫る。
出口氏は、大学卒業後に海上通信士として船上勤務をスタートした。プロの通信士として求められたのは“より遠くまで飛ばせる通信”以上に「確実な通信」であったという。「船客の電報であったり業務上の通信であったり、そういったものを確実に海岸局と通信して届けてもらう。それが一番大事なところ。情報の正確性を求められていました」(出口氏)。
現在は、無線通信にとどまらず、船内のネットワークやICT機器全体を担う立場となっており、通信長の役割も“無線通信のオペレーター”から“船内ICTの責任者”へと進化している。
かつての通信長は、業務用無線のプロとして電波の送受信に責任を持っていた。船の通信というと、陸にいるものとしては“トン・ツー”なモールス信号をイメージしがちだが、1999年のモールス通信を用いた遭難信号の終了とともに、通信の主軸はGMDSS(Global Maritime Distress and Safety System)をはじめとした衛星通信に移行している。また、電話、FAX、テレックスといった従来型の通信手段に代わって、現在ではIPベースのデータ通信が主流となっている。
この変化により、通信長の役割も音声通信やFAX、テレックスといった従来機器の保守に加え、現在では衛星通信を使ったデータ通信の構成と運用が中心業務となっている。さらに、業務範囲は通信にとどまらず、船内放送設備、音響システムからサーバクライアント端末といった船内全体のネットワークインフラにまで拡大している。
「もともと無線通信だけでしたが、弱電も勉強しているからできるだろう、ということで音響や船内放送、さらには、通信のプラスアルファで船内ネットワークやサーバといったシステム系の業務も増えています」(出口氏)
通信長は船内の「情報システム部門」を担っており、企業で言えば情シス部門の責任者に相当する立場といえる。ネットワークやシステムトラブルが発生した場合に最前線で対応するのが通信長となるが、客船のように運航以外のサービス提供が求められる環境では、その守備範囲は極めて広い。
また、にっぽん丸のように完成後に長期にわたって就航する船にとって新技術への対応も重要な任務になる。衛星通信や船内LANの更新、端末の刷新など、日常業務の中で通信長は新しい技術に適応していく必要がある。出口氏自身も「もう現場ですので、座学で学ぶというよりは日々の業務の中で勉強しています」と語る。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.