自動車の車体を一体成形する技術である「ギガキャスト」ついて解説する本連載。第3回は、ギガキャストに用いられる装置である超巨大ダイカスト成形機「ギガプレス」を実現した、イタリアのIDRAとFSAの取り組みについて解説する。
本連載「いまさら聞けないギガキャスト入門」では、第1回でギガキャストが騒がれる理由、第2回でギガキャストの歴史と基本技術の鋳造法であるダイカスト法の概要を取り上げた。
第3回の今回は、ギガキャストに用いられる装置である超巨大ダイカスト成形機「ギガプレス」を実現した、イタリアのIDRAとFSA(Foundry Star Alliance)の取り組みについて解説する。
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第1回で述べたが、ギガキャスト(Giga cast)は正式にはギガキャスティング(Giga casting)といい、自動車の車体構造など比較的に大きい複数の部品を、超大型のダイカストマシン(die casting machine、ダイカスト鋳造成形機)によって、一体成型する技術である。
この超大型のダイカストマシンは、連載第1回の図3に示したように、長さ19.5m、幅5.9m、高さ5.3m、重さ410〜430トンというようにマシン自体が極めて大きい。これを使って、溶かした金属合金を金型内に圧入/充填(じゅうてん)し、型締め力(クランプ圧と呼ぶ)で6000tf(トンフォース、1tfは9.8kN[キロニュートン]なので約58.8MN[メガニュートン])以上の高い圧力をかけて、従来は複数の部品で構成していた車体部品を1個の部品として精密に一体成形するのがギガキャストである。
皆さんご存じのように、世界の自動車業界は、ICE車(内燃機関車)から代替駆動システム、特に電気駆動のモーターを用いたEV(電気自動車)への移行に伴う恒久的な構造変化に直面している。これは、ダイカスト鋳造品の需要にも大きな変化をもたらしており、今後の市場の拡大が期待されるものの、部品製造を担う中小企業への影響は計り知れない。
EVが従来のICE車と比較して部品点数が少ないのは、駆動システムそのものの構造が非常にシンプルであるためだ。この構造的な違いこそが、自動車産業のサプライチェーン、特に部品製造を担う中小企業に大きな影響を与えるように思われる。
EVとICE車の部品点数の違いは、主に以下に挙げる駆動システムの構成要素に起因する。
表1では、EVとICE車の駆動システムの主たる構成要素について、動力源/変換、変速機、排気/冷却、燃料供給に分けて比較するために整理した。両者の構造は大きく異なり、例えばEVには排気系部品が一切不要である。
また、一般的なICE車の車両全体の部品点数が約3万点といわれるのに対し、EVは約2万点程度とされている。特に、エンジンとトランスミッションを合わせたパワートレイン部分に限定すると、EVはICE車の10分の1〜100分の1程度の部品点数で済むとされ、この差が今後部品サプライヤーに与え得る影響の核心になっている。
| 構成要素 | 内燃機関車(ICE車) | 電気自動車(EV) | 部品点数の違い |
|---|---|---|---|
| 動力源/変換 | エンジン(燃料噴射、点火、排気、冷却、吸気など多数の複雑な機構) | モーター(ローター、ステーターなど主要部品は比較的少ない) | EVの部品点数はICE車の10分の1〜100分の1程度 |
| 変速機 | トランスミッション(多段ギア、クラッチなど複雑) | シンプルな減速機(ギアが1〜2段のみ) | EVの方が圧倒的に少ない |
| 排気/冷却 | 排気システム(マフラー、触媒など)、複雑な冷却システム(ラジエーター、ポンプなど) | 排気システムは不要。冷却システムもバッテリーとインバーターの冷却が主でシンプル化 | EVには排気系部品が一切不要 |
| 燃料供給 | 燃料タンク、燃料ポンプ、燃料パイプ | 大容量バッテリー、インバーター | 構造が大きく異なる |
| 表1 EVとICE車の駆動システムの比較 | |||
EVへの移行は、自動車部品を製造する中小メーカー、特に内燃機関のコア部品に特化してきた企業にとって、事業存続に関わる重大な影響を及ぼす。
これらの変化は、自動車産業が100年に一度の大変革期にあることを示しており、中小企業は従来の技術に依存しない「脱内燃機関依存」の戦略が求められる。
このように、電気駆動のEVは、従来の内燃機関による駆動とは異なり、部品の種類も少なく、全体としてはより少ない部品点数で製造できてしまう。そのため、多くの鋳造関連企業も自らの立ち位置を変えるという課題に直面している。
こうした状況において、新たな境地を開拓しているのがダイカスト業界だ。
まず、革新的な技術を用いて、ダイカストプロセスにおける根本的に新しいアプローチと用途を開拓している。例えば、既にダイカストプロセスを用いて、大型構造部品だけでなく、車両構造アセンブリ全体を一体型部品として製造しているテスラのようなメーカーが増えている。これにより、必要な個別の部品点数を大幅に削減できる。
従って、従来のプレス加工と溶接/レーザーによる接合が必要だった部品は、ますます単一の一体型鋳造に置き換えられていく。これにより、生産/製造および部品物流におけるコスト削減の可能性が広がり、アルミニウム合金のような軽金属の使用が再認識されて急速に需要が高まり、車両軽量化にも拍車が掛かっていく可能性が増える。
もう1つのトレンドは、イタリアのIDRAが称する「鋳造セル」、つまり、成形機本体+周辺補助装置による単一の鋳造サイクル内で相互接続された周辺部品/装置を後述するモジュール化設計※1)で製造することであり、さらにもう1つのトレンドとして「マルチキャビティ金型」※2)を使用することが増えてきていることが挙げられる。
※1)モジュール化設計(Modular Design)とは、製品やシステムを、それぞれ独立した機能を持つ複数の構成要素(モジュール)に分割して設計する手法。レゴブロックのように、1つ1つの部品(モジュール)を交換したり組み合わせたりすることで、多様な製品を効率よく作り出すことを可能にする。これにより、設計の再利用、開発期間の短縮、品質の安定化、コスト削減などのメリットが得られる。
※2)マルチキャビティ金型(Multi-Cavity Mold)とは、ダイカスト鋳造成形において、1つの金型内に複数の製品形状の空洞(キャビティ)を持つ金型のこと。これにより、ダイカスト鋳造成形機が1回のサイクル(射出、冷却、取り出し)で、全く同じ製品を複数個同時に成形することができる。
これらの開発の基盤となっているのは、大型金型をサポートし、6000トン、9000トン、1万2000トン、さらにはそれ以上の必要な型締力を発揮できる超大型ダイカストマシンの利用可能性である。しかし、モノづくりの成功に必要な事柄は大型で強力なダイカストマシンだけではなく、経済性と品質の要件に従って鋳造成形品を製造できる適切な金型と周辺補助機器の技術レベル向上の保証も求められる。
この文脈において、持続可能な製造プロセスもますます重要になってくる。世界中の鋳造関連企業は、製造プロセスのエネルギー消費量とそれによって排出されるCO2など地球温暖化ガスの削減なに積極的に取り組む必要が出てくる。従って、今後のモノづくりの効率性と環境適合性は、革新的な鋳造技術の重要な前提になるだろう。
これらの条件をクリアすれば、ダイカスト業界にとっても将来を見据えた開発の見通しと機会が開かれていくと考えられる。
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