100ドル3D工作機械「OCPC Delta Kit」の取材をした際、田中氏に慶應義塾大学 湘南藤沢キャンパス(SFC) メディアセンター内にあるファブスペースを案内された。そこで、大きな存在感を示していた装置があった。
近年、所蔵品の3Dスキャンデータや設計データを広く一般に公開する「オープン3Dデータ」と呼ばれる動きが活発化しているのをご存じだろうか。世界的に有名なスミソニアン博物館や大英博物館などでは、マンモスの化石やアメンエムハト3世の像といった所蔵品の一部を3Dデータとして公開している。また、米航空宇宙局(NASA)でも、探査機や小惑星の3Dデータを提供している。これらの目的は、学術的に価値のある3Dデータをダウンロードして“触れる教材”として学習に役立てることだ。
田中氏の研究室では、こうしたオープン3Dデータの流れと3Dプリンタの今後の発展性を視野に、10年、15年先の3Dデータの新たな活用シーンとして、誰でも、気軽に、素早くオープン3Dデータを出力できる“自動販売機のような3Dプリンタ”を1年ほど前に考案。未来の博物館や美術館、図書館などに設置されることを想定して、SHC設計の増田恒夫氏、コメヤデザインの山下公明氏らに設計・製作を依頼し、2015年の春ごろに現在のプロトタイプを完成させた。
「既に、米国では図書館や博物館などに3Dプリンタを設置し、いわゆるファブ的な使い方だけではなく、オープン3Dデータを出力して学習教材として活用しようとする動きがある。自分で3Dデータを作って3Dプリントする従来の使い方ではなく、公開されているオープン3Dデータをダウンロードし、それをすぐに3Dプリントして教材化したり、お土産として持ち帰って部屋に飾ったりといった、従来のファブ以外の3Dデータ/3Dプリンタの活用にも目を向けていく必要がある」(田中氏)。
現在のプロトタイプは、最初の構想を具現化した“ファーストプロトタイプ”である。今後は、本体上部に設置されているプロジェクターを活用して、造形中の3Dデータの情報(解説文など)を造形テーブルに投影したり、タッチパネルなどを前面に搭載して、自動販売機のようにボタンを押して造形をスタートさせたりといった機能改善を視野に、研究開発を進めていくという。「あと10年たてば、積層造形方式の3Dプリンタの造形スピードが今の10倍くらい速くなっているかもしれない。例えば、30分かかっていたものが3分になれば、その場で待てるはずなので、出力したいと思う人も増えるのではないか。フィラメントさえ補充しておけば、現在の自動販売機のように商品ごとに在庫をストックしたり、補充したりする必要もなくなる」と田中氏。
一般的な3Dプリンタは、3Dデータを作れる、ごく一部の限られた人たちのツールといえる。しかし、オープン3Dデータの普及と3Dプリンタの進化のスピードがもっと加速していけば、田中氏が述べるようにファブ的な発想とは違う方向性でも、3Dプリンタの利用が拡大していくのではないだろうか。そうなると、好きなオープン3Dデータを選んで出力する自動販売機のような3Dプリンタが、本当に図書館や博物館に普及するのかもしれない。
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