作られるモノ(対象)のイメージを変えないまま、従来通り、試作機器や製造設備として使っているだけでは、3Dプリンタの可能性はこれ以上広がらない。特に“カタチ”のプリントだけでなく、ITとも連動する“機能”のプリントへ歩みを進めなければ先はない。3Dプリンタブームが落ち着きを見せ、一般消費者も過度な期待から冷静な目で今後の動向を見守っている。こうした現状の中、慶應義塾大学 環境情報学部 准教授の田中浩也氏は、3Dプリンタ/3Dデータの新たな利活用に向けた、次なる取り組みを着々と始めている。
「これまでの“モノ”のイメージから抜け出さない限り、いずれ3Dプリンタに限界が訪れると思っていた」――。そう語るのは、慶應義塾大学 環境情報学部 准教授の田中浩也氏。
現在、個人のモノづくりに着目した場合、3Dプリンタで生み出されているもの(造形物)の多くは、100円ショップで売られているような雑貨や、ちょっとした実用部品といったところだろう。こうした利用状況に対し、田中氏は「これでは、従来工場で作られていたようなモノの製造方式(作り方)を、単にデジタルファブリケーション技術に置き換えただけになってしまう。もちろん、それが全く意味のないことだとは思わないし、裾野を広げることにすごく貢献しているが、真に革新的な価値にはまだ届いていない。このままでは、3Dプリンタの可能性の大半は、『従来のモノづくりの考え方が少し広がった』という程度に見られてしまうかもしれない」と警鐘を鳴らす。
米国の調査会社Gartner(ガートナー)が発表した「3Dプリンティング技術に関するハイプサイクル2015年版」によると、民生用3Dプリント技術、つまりパーソナル3Dプリンタは「過度の期待のピーク期」から「幻滅期」に移ろうとしており、「生産性の安定期」に向けた今後の動向に注目が集まっている。こうした点からも今がまさに3Dプリンタ(特にパーソナル3Dプリンタ)にとっての転換期といえるのかもしれない。
「なぜ3Dプリンタでなくてはならないのか。なぜ3Dプリンタでしか作れないのか。現状の製造方式の置き換えだけでは『3Dプリンタでなくてはならない』という独自の価値をうまく説明できない。実際3Dプリンタは、従来の金型では絶対に作れなかったような複雑な内部構造を持つ物体の一品生産が可能だが、ソフトウェアが追い付いていないこともあって、まだあまりそうした可能性が追求されていない。また、3Dプリンタは“カタチ”を作れるものだが、そこに回路やモータも一緒に組み込める機能が加わってくると、ぐっと世界が広がるはずだ。そうした新しい取り組みを増やしていかないと、3Dプリンタで本当に新しい世界は広がっていかない」と田中氏は指摘する。
「一家に1台の時代が来るのでは!?」といわれた3Dプリンタブームの全盛期に比べ、現在はメディアも一般消費者も3Dプリンタへの熱は冷めつつある。ここ数年でパーソナル3Dプリンタの価格が下がり、入手性は確かに良くなったが、PCのように、テレビのように、電子レンジのように家になくてはならないかというと(現状はまだ)そうではない。「別の視点から言えば、今はまだ3Dプリンタが生活の中に根付くための“ITインフラ的な何か”も足りていないのだと思う。その部分を探して作っていければ3Dプリンタや3Dデータは、生活に定着していくだろう」(田中氏)。
3Dプリンタブームが落ち着きを見せる一方で、「Maker Faire Tokyo」などの盛り上がりからも分かる通り、日本でも個人で3Dプリンタなどのデジタルファブリケーション技術を活用してモノづくりを楽しむ文化が着実に育ってきている。こうした新たな文化に対して、田中氏は「3Dプリンタなどを活用した個人のモノづくりから得られる『楽しさ』の先に、さらにITと連動した『持続可能な価値』を描き足していきたいと考えている。そのために、Webサービスの発想を結合させて、世界でまだ誰も考えていないようなユニークな装置やシステムなどを作ると同時に、日本人ならではの“3Dとの付き合い方”みたいなものを文化として定着させていきたい。多角的な取り組みを並行して進めていくことで、3Dプリンタの置かれている現状を打破するきっかけにつながればと思う」と述べる。
現在、田中氏は文部科学省/科学技術振興機構の「革新的イノベーション創出プログラム(センター・オブ・イノベーション COI STREAM)」に採択された研究プロジェクト「感性とデジタル製造を直結し、生活者の創造性を拡張するファブ地球社会創造拠点」の中核拠点のまとめ役として、慶應大学 SFC(湘南藤沢キャンパス)研究所 ソーシャルファブリケーションラボの特別拠点を、都内からもアクセスのよい横浜・関内に構え、多数の企業とともに、3Dプリンタ/3Dデータのこれまでにない活用・応用についての本格的な研究を進めている。
感性とデジタル製造を直結し、生活者の創造性を拡張するファブ地球社会創造拠点の概要:
感性とデジタル製造が直結し、生活者の創造性が拡張されるファブ地球社会の実現を目指す。ファブ地球社会とは、必要とする全ての人が、自らの感性に基づいてほしいモノや必要なモノを可視化・デザイン・創作することができる個人の多様性を尊重した社会であり、そのために必要な工夫やノウハウを、インターネットを通じて流通・共有することで、自己充実感や成長感、達成感、連帯感に満ちた生活を送ることができる持続可能な社会である。ファブ地球社会を実現するため、1.感性とデジタル製造を結び付ける技術、2.超材料技術、3.製造、流通、管理のための仕組み、4.共創型の社会展開と普及・啓蒙、5.社会実装への制度設計、に取り組む。(慶應義塾大学のWebサイトより引用)
3Dプリンタを単なる“製造方式の置き換え”という存在にしないためには、作られる「モノ」に対する認識を根本的に変える必要があるという。「『IoT(Internet of Things)』という概念が広がっているが、例えば、RFIDやセンサー、モータなどを埋め込んで知能化し、カタチと同時に印刷できるようにする。3Dプリンタで生み出されるモノを、ただの物質ではなく“ネット端末”として拡張し、その体験をリッチなものにしていくことなどが考えられる。そのために開発している次世代の3Dプリンタは、複数の工作機械の要素を取り込んだ“複合機”となるが、それをわれわれは『3Dプリンタ』とは呼ばずに、『IoTファブリケータ』という全く新しい名称で呼び、区別して開発している」(田中氏)。
世界500箇所以上に広がる実験的な市民工房のネットワーク「FabLab(ファブラボ)」を先導してきた田中氏は、「工房のネットワーク化」の次に、「工作機械のネットワーク化」「作られるモノのネットワーク化」「作り方の知識のネットワーク化」といった構想を持っている。この4層からなる全体構想を描きながら、何十にも及ぶ研究プロジェクトをまとめる田中氏。
今回はその中から「3Dデータの流通プラットフォーム」「3Dプリント物質の流通プラットフォーム」の2つのプロジェクトについて、最新の研究成果/取り組みを紹介したい。
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