現状、3Dデータは3次元CADで作られ、3Dプリントした後もインターネット上のコミュニティーサイトに投稿されシェアされたりもしている。しかし、ネット上では、動画や画像、文章のコンテンツが全盛であり、「3D」という表現がまだ一般的なものになっていない。また、ゲームやVR(Virtual Reality)、AR(Augmented Reality)分野、医療分野でも3Dデータは使われているが、ファイル形式が違っており、相互運用性が低い。“3Dの世界”を広く一般の人にも気軽に利用してもらうためには、こうした垣根を取り払い、3Dデータの流通可能性や編集可能性、再利用性を高めないといけない。「そこで現在、3Dデータの新しい国際的ファイルフォーマット『AMF(Additive Manufacturing File Format)』の策定と、Web上で3Dデータを編集・流通するためのプラットフォームの研究を進めている」(田中氏)。
実際に、3Dデータを3Dプリンタで物質化して楽しんでいる人たちは、それほど多くない。こうした状況は、今後もしばらくはそう大きく変わらないだろう。「3Dプリンタは、“データを物質に変換する”ことを可能にした。これからは、逆に『3Dスキャナ』を使って、“物質をデータに変換する”ことも広がってくるはずだ。これは良いことだと解釈していて、これまでのような“データから物質へ”の方向だけでなく、“物質からデータへ”という反対向きの流れが混ざってくることで、初めてダイナミズムが生まれて、新しい創造力が活性化すると思っている。3Dスキャナとは要は、3Dカメラのことだ。少し先の未来では、恐らく多くの人が3Dデータをスマートフォンで取得して、ネット上に投稿するようになるのではないか。そして、そのうちの何割かの人が気に入ったものを3Dプリンタで好きな素材を使って、好きな場所で物質化する。そうした生活を本当に実現するためには、クラウドやPCの画面(Webブラウザ)上で3Dデータを自由に扱える仕組みがまず必要だと考えている」(田中氏)。
こうした考えから現在、田中研究室で着手している研究の1つが、3次元形状の総合検索エンジン「Fab3D」だ。インターネット上に分散している無数の3Dデータを横断的に検索できるもので、世界中のWebサイトをクローリングし、検索対象となる何万という3Dデータのインデックス(目次)を慶應義塾大学 SFCのサーバに構築しているという。
「3Dデータを投稿するポータルサイトやコミュニティーサイトが乱立し始め、ユーザーにとって使いにくい状況になりつつある。ネットでは、初めてアクセスするユーザーが欲しいデータを見つけられなければ何も始まらない。そこで、総合的な検索エンジンが必要だと考えた。3Dデータの検索はいずれGoogleもやりそうなことだが、類似形状を検索したり、3Dデータのコレクションを作ったりできるアルゴリズムに、日本人的な“モノに対する独特の感性”を発揮できそうだという手応えがある。Googleには作れないものを作りたい」と田中氏。
現状、Fab3Dの検索窓に「Gear」のようにキーワードを入力すると、「歯車」の形状をしたさまざまな3Dデータが一覧表示される。ただ、機能はこれだけではない。検索でヒットした3Dデータを、1つの3次元空間の中に並べて表示する機能も備わっており、箱庭のような不思議な空間が出来上がる。「博物館の標本を自由に手で触れられる。そんな世界観をイメージしてインタフェースを設計している。3次元空間に表示された3Dモデルはマウス操作で移動もできる。『Chess』と検索すれば、3次元空間上に『チェス』の駒が落ちてくるので、実際にゲームをしているような感覚も楽しめる。もちろんこれは検索エンジンなので、実際に3Dデータが存在しているWebサイトへリンクで誘導している」(田中氏)という。
世の中には既に「Yobi3D」や「Yeggi.com」という3Dデータの検索エンジンが存在するが、田中氏らが手掛けるFab3Dでは、前述の3次元空間上での検索結果表示に加え、ライセンス的に許諾された一部の3Dデータに対して追加編集を行う機能も検討しているという。追加編集機能は現在、「STLモード」「Voxelモード」「AMFモード」の3つが開発されている。STLモードでは、形状を「風船」のような柔らかい(膜のような)材料に見立てて、表面のメッシュをゆがめたり、空気を入れて膨らませたりするモーフィングが行える。Voxelモードでは、立体的なドット絵のようなイメージで、ボクセルを足したり、引いたりして形状編集が行える。そして、AMFモードでは、「色付け」「アノテーション(注記)付与」が行える。
田中氏も策定に関与している、次世代3Dデータ国際標準フォーマットのAMFは、色、材質、内部構造だけでなく、部位ごとの材質の使い分けや使用する材料の比率、メタデータなどを情報として記述(保持)できる。そのため、AMFは金属の3Dプリンティングをはじめ、主に製造業での可能性に期待が寄せられているが、“3Dデータのコンテンツ化”の観点から見ても非常に有効なものだという。
「その理由の1つが色指定だ。AMF形式であれば3Dデータに対して、塗り絵のように自由に色を付けて楽しむことができる。また引き出し線付きの注釈も付けられるようになったので、3Dデータ上の任意の場所に説明やコメントを入れることも可能だ。こういった3次元形状に対する『編集』が、コンテンツとしての可能性を広げてくれると思う」(田中氏)。
開発は始まったばかりで、実用化に向けてまだクリアすべき課題が残されているものの、Fab3Dのような仕掛けは、3Dデータをより身近に感じてもらうために有効なものとなりそうだ。さらなる発展の可能性について田中氏は、「3Dデータを作れる人だけが楽しめるのではなく、3Dデータを1つのコンテンツとして捉え、誰かが作った3Dデータの形状を編集して楽しむ人、色やコメントを付けて楽しむ人、説明を書き込む人など、役割の異なるプレイヤーが周りに現れてコミュニティーが生まれると、面白い世界が広がっていくのではないだろうか。例えば、『ニコニコ動画』のような世界が築けるかもしれない」と語る。
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