パンデミックに耐えうるサプライチェーンのリスクマネジメントとは(前編)サプライチェーンの新潮流「Logistics 4.0」と新たな事業機会(特別編)(3/3 ページ)

» 2020年04月16日 11時00分 公開
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リスクマネジメントのプロセス

 リスクマネジメントには、「①構築・運用」「②初動」「③代替・縮退・停止」「④復旧」「⑤評価・改善」という5つのプロセスがあります。

リスクマネジメントのプロセス リスクマネジメントのプロセス(クリックで拡大)

①構築・運用

 「①構築・運用」は、リスクマネジメントの導入・強化に当たるプロセスです。リスクマネジメントの方針を定めた上で、BCMやBCPの対象とする危機的事象を棚卸するとともに、その発生による事業への影響を分析します。「②初動」「③代替・縮退・停止」「④復旧」の各段階・条件に応じた対応策をBCPとして取りまとめた上で、危機的事象が発生した際に迅速かつ的確に対応できるよう教育・訓練を行います。建物の耐震補強、安否確認システムの導入、データセンターの分散化・クラウド化、リスクファイナンスの活用など、事業の継続性を高めるための施策を講じておくことも重要です。

②初動

 「②初動」は、危機的事象が発生したときの初期対応に当たるプロセスです。最も重要なことは、社員や自社施設・敷地内にいる人をいち早く避難させ、人的被害を最小化することです。その上で、対策本部を設置し、社員の安否や物的被害の状況を速やかに把握します。状況次第では、安全対策の実施、負傷者の救援、非常用食料の配給なども行います。

 水害、雪害、風害のような気象災害であれば、気象データを基に被害の範囲・度合をある程度予測できます。人的・物的被害が想定されるようであれば、社員に帰宅や自宅待機を指示したり、営業を取りやめたり、建物や設備への被害を防ぐための措置を講じたりすることが望まれます。

 パンデミックのように、徐々に被害が拡大する危機的事象については、当然ながら早期避難の要はありません。状況把握に努めることが初動対応となります。

③代替・縮退・停止

 「③代替・縮退・停止」は、被害の状況に応じて、より重要な事業活動を維持・継続するための措置を講ずるプロセスです。例えば、地震や気象災害により工場が被災したのであれば、人手での作業に切り替えたり、他地域にある工場の生産能力を増強したりすることで、必要十分な出荷数量を確保することが考えられます。パンデミックであれば、先に記したように、管理職や間接部門の人員を現場に投入したり、リモートワークに移行したりすることで事業活動の維持・継続を図ることも可能です。

 とはいえ、被害が大きければ、一部の事業活動を縮小・停止することも検討せざるを得ません。いざというとき、どの事業活動を最後まで維持・継続するのか、何から順にやめるのか、優先順位を決めておくことが重要です。取引先の事業に影響が及ぶようであれば、速やかに状況を伝えて理解を得るべきでしょう。事故やサイバーアタックのように、一次的な被害の範囲が特定の企業に限定される危機的事象では、そのコミュニケーションがなおのこと大切になります。

 地震や気象災害を始めとする多くの危機的事象は、最初に甚大な被害が生じるので、どのような措置を取るべきか、シンプルな意思決定が可能です。状況のさらなる悪化を想定せずに済むからです。対して、パンデミックのように、徐々に被害が拡大する危機的事象については、どのタイミングで、どのような追加的な措置を実行するのか、マイルストーンを定めておくべきです。当然、状況の変化を的確にモニタリングすることもより重要となります。

④復旧

 「④復旧」は、事業活動を通常の状態に戻すためのプロセスです。社会インフラの回復に応じて事業活動の再開を図ります。先んじて復旧を成し遂げるため、自家発電装置などの非常用機器を活用したり、他拠点の応援を仰いだりすることも有効でしょう。ただし、パンデミックについては独自の対応を取ることのリスクが大きいので、前述の通り、地域・業界で協調すべきです。

⑤評価・改善

 「⑤評価・改善」は、危機的事象に対応した経験を踏まえて、リスクマネジメントの在り方を見直すプロセスです。「②初動」から「③代替・縮退・停止」、「④復旧」に至るまでのプロセスを振り返り、要改善点を抽出した上で、BCMやBCPの内容をより適切なものに改めます。

 リスクマネジメントの対象となる危機的事象はめったに発生しません。だからこそ、自社が直接的な被害を受けなかった危機的事象についても、他社にどのような被害をもたらし、どのように対応したのか、そのプロセスを把握することで、自社のBCMやBCPをブラッシュアップすることが望まれます。

 今般のCOVID-19の流行に関しても、終息後に自社のリスクマネジメントの在り方を見直すべきです。パンデミックは地震や水害などの自然災害よりも発生頻度が低く、ゆえに被害の範囲や度合を甘く見積もっていた企業は少なくありません。社員の通勤や出張が難しくなること、サプライチェーンの分断により生産活動が継続できなくなることなど、より厳しい事態を想定した態勢を作り上げることが肝要です。

 他方、COVID-19の流行により、図らずもリモートワークを中心とした新しい働き方が広がりつつあります。結果として、終息後もこの新しい働き方が定着するかもしれません。リスクマネジメントのみならず、通常業務の在り方も見直すことで、生産性の向上を図る好機とすべきでしょう。



 次週公開予定の後編では、危機的事象に際してサプライチェーンを維持・継続するための在り方、「サプライウェブ」におけるリスクマネジメントについて解説します。

筆者プロフィール

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小野塚 征志(おのづか まさし) 株式会社ローランド・ベルガー パートナー

慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修了後、富士総合研究所、みずほ情報総研を経て現職。ロジスティクス/サプライチェーン分野を中心に、長期ビジョン、経営計画、成長戦略、新規事業開発、M&A戦略、事業再構築、構造改革等を始めとする多様なコンサルティングサービスを展開。2019年3月、日本経済新聞出版社より『ロジスティクス4.0−物流の創造的革新』を上梓。

株式会社ローランド・ベルガー
https://www.rolandberger.com/ja/Locations/Japan.html

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