物流の第4次産業革命ともいえる「Logistics 4.0」の動向解説に加え、製造業などで生み出される新たな事業機会について紹介する本連載。第5回は、サプライチェーンマネジメントの進化の方向性となる「チェーン=鎖」から「ウェブ=クモの巣」へのトランスフォーメーションを取り上げる。「サプライウェブ」の世界とはどのようなものなのだろうか。
⇒連載『サプライチェーンの新潮流「Logistics 4.0」と新たな事業機会』バックナンバー
前回は、サプライチェーンマネジメントを「将来の成長を実現するための競争優位の基盤」にしようとするのなら、全体最適の範囲を拡張することが重要である旨を解説しました。今回は、サプライチェーンマネジメントの進化の方向性として、「チェーン=鎖」から「ウェブ=クモの巣」へのトランスフォーメーションを取り上げたいと思います。
あらためての確認となりますが、サプライチェーンマネジメントとは、調達・生産から保管・輸送・販売に至るまでの供給のプロセスを中心とした全体最適を実現するための手法です。前回、先進事例として紹介したZARAのように、サプライチェーン全体を自社で統合管理するSPA(Speciality store retailer of Private label Apparel)であれば、自社内の取り組みとして全体最適を追求することも可能です。しかし、SPAではない大多数の企業は、調達先や納品先との連携なくして全体最適を実現することはできません。コマツの“つながる化”は、自社と資本関係のないサプライヤーやディーラーともつながることで、サプライチェーンの全体最適を追求することに成功したといえるでしょう。
B2Bの取引関係は総じて固定的です。例えば、食品メーカーであれば、特定の商社から原材料を調達し、加工した上で、特定の食品卸に販売する。家電メーカーであれば、特定のサプライヤーから部品を調達し、製品化した上で、その多くを家電量販店に販売する。いずれの業界においても、「調達先・納品先が毎日のように変わる」「その多くは新規取引先である」という会社は多くありません。だからこそ、調達先・納品先との連携を基軸とした全体最適の追求は、サプライチェーンマネジメントの王道といえます。
その最たる例は、自動車業界でしょう。ティア2はティア1へ、ティア1は自動車メーカーへ、という具合に、納品先を固定化することで、生産性と品質を高めてきました。トヨタに代表されるジャスト・イン・タイムの体制は、調達・生産プロセスの最適化を追求するための仕組みといっても過言ではありません。
同様のことは、販売プロセスにも当てはまります。自動車メーカーは、自社の製品のみを販売するディーラーネットワークを構築することで、アフターサービスも含めた収益機会の最大化を追求してきました。誤解を恐れずにいえば、自動車業界は調達・生産から販売に至るまでの全てのプロセスを固定化・系列化することで、サプライチェーンの全体最適を成し遂げてきたわけです。
しかしながら、インダストリー4.0※1)をはじめとする事業環境変化の先を見据えるに、この「固定的な関係性を基盤としたサプライチェーンの全体最適」は徐々に崩れることが予想されます。例えば、インダストリー4.0の世界では、マスカスタマイゼーション※2)でのモノづくりが基本となります。顧客からの要望に応じて、カスタムメイドした製品を提供することが求められるようになるわけです。結果として、現状の生産・供給体制はパラダイムシフトを余儀なくされるでしょう。
※1)関連リンク:特集サイト「インダストリー4.0が指し示す次世代工場の姿」
※2)関連記事:いまさら聞けない「マスカスタマイゼーション」
アパレルであれば、パターンオーダーでの注文が増えるはずです。全国各地に配された3Dプリンタやロボットミシンで服を製作し、その場で商品を受け取ったり、宅配したりすることも珍しくなくなります。トレンドを予測しての商品開発ではなく、ニーズありきの受注生産に遷移するわけです。
食品や医薬品もカスタムメイドでの提供に変わります。特に医薬品は、患者の遺伝子型や疾病の状況などに応じたテーラーメイドでの処方が増えるでしょう。最近では、何種類もの錠剤を毎日服用している高齢者も少なくないわけですが、テーラーメイドでの処方となれば、「その患者のためだけに調合された薬を1袋飲むだけ」でよくなります。ただし、小規模な薬局で、テーラーメイドでの処方に必要な設備・薬剤を全て取りそろえることは困難です。テーラーメイド医療の増加は、薬局の集約・統合を促進することになります。あるいは、アマゾン(Amazon.com)が買収したピルパック(PillPack)のように、大規模拠点での高効率・高品質な調剤を基本としたオンライン薬局が増加するかもしれません。
家電に関しても同じような変化が生じるはずです。PCについては、BTO(Build to Order)での購入が珍しくなくなりましたが、冷蔵庫や洗濯機といった白物家電についてもBTOが増えるでしょう。家の大きさや壁紙の色などに合わせてカスタマイズできるようになるわけです。そうなれば、家電の販売物流は「工場や流通加工センターから自宅までの直送」が基軸となります。
そして、固定的・系列的サプライチェーンの典型例というべき自動車業界も、CASE(Connected、Autonomous、Shared&Service、Electric)※3)の時代には、一大転換を果たすことが予想されます。例えば、自動運転技術が進化し、ぶつからないことが当然となれば、自動車メーカーとサプライヤーとの擦り合わせで剛性を担保する必要がなくなるかもしれません。電動化が進めば、部品点数が減るだけではなく、エンジンを中心としたパワートレインを付加価値の源泉としていた自動車メーカーは、単なる「組み立て屋」に成り下がる可能性もあります。はたまた、カーシェアが格段に普及し、自動車は「買うもの」ではなく「都度利用するもの」となったとき、アフターサービスの提供を通じて利益を確保していたディーラーの収益モデルは崩壊します。アフターパーツの納入先は、ディーラーの店舗や修理工場ではなく、さまざまな場所に点在するカーステーションに変わるかもしれません。アフターパーツを運んでいた物流会社は、カーステーションでの出張修理をも請け負うことで、新たな収益機会を獲得できるはずです。
※3)関連記事:コレ1枚で分かる「自動車産業に押し寄せるCASE」
つまるところ、いずれの業界においても、特定の調達先・納品先との固定的関係を前提としたサプライチェーンマネジメントは成立しなくなります。逆にいえば、川上・川下の区分なく、最適な調達先・納品先を柔軟かつ機動的に選択できることが重要になるわけです。固定的な「チェーン=鎖」ではなく、あらゆる調達先・納品先と自由につながることができる「ウェブ=クモの巣」への進化こそが、「サプライマネジメントの未来の姿」といえるでしょう。
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