A.T.O.M.工法開発の陣頭指揮を執ったのは、2013年3月より代表取締役会長に就任した、中倉健二氏である。
中倉氏は当時、商品開発部隊のトップであった。当時の商品開発者は、既存設備を「制約条件」として商品設計を行っていた。つまり製法は変わらない中で、どのような製品が可能かを考えた。一方製造技術部門は、もうタイヤ製品の基本構造は変わらないという前提で、作り方やプロセスを考えていた。
それがイノベーションを阻害する原因ではないかと気付いた中倉氏は、商品開発と製造設備を作る部隊を合わせてみた。すると製造技術側が提案してきたリボン型の素材を使う工法なら、いろんなブレイクスルーが可能になるということが分かってきた。
そこで実際の工法開発を、仙台工場で行うことにした。かつて工法改良のために使われていた一角は、タイヤ倉庫と化していた。そこを再び開発拠点とすべく、在庫を全部移動させ、油まみれの床も丹念に掃除して、新工法の開発に着手した。四畳半ほどのスペースで始まった完全秘密作戦だが、そこに東洋ゴムの未来が託された。
中倉氏も大阪から毎週のように飛行機でやってきては、指揮を執った。
そして着手からわずか2年足らずで、生産技術を確立した。本社以外では初となる仙台工場での役員会を実施。実際にモノを見せて次世代工法として承認を得、2002年よりこの工法で量産を開始した。そしてこの工法が完成したことにより、業界としては後発となる海外進出も見えてきた。
かつて国内タイヤメーカーが、海外タイヤメーカーを盛んに買収した時期があるが、結果としてこの動きはあまりうまくっていない。それは既に現地にタイヤ製造ラインがあり、そこの経営権を得るというスタイルであったからだ。新規の工場を作ると、最初からとてつもない規模で製造ラインを作らなければならないため、ビジネスとしてはギャンブルの要素が強過ぎるからだ。
だが東洋ゴムが開発した新工法なら、製造ラインが小さいので、小さい規模からスタートすることができる。必要になったときに、ユニット単位で増設していけばいい。設備コストは、従来工法に比べて抑えることができる上に、必要面積は35%である。生産性の点では、生産リードタイムが20%、中間仕掛かりも25%に減少する。もちろん製造精度もダイナミックバランスも、2倍以上向上する。
これまで日本企業のアジア進出は、古い工法で安い人件費を使って、汎用製品を安く大量に作ることに主眼を置いていた。しかし海外進出後発メーカーとしては、同じ方法では勝てない。
当時取締役執行役員に昇進していた中倉氏は、“逆の発想”を決意する。つまり最新のA.T.O.M.工法をもって海外に行き、より競争力のある商品を最新鋭の工場で作るという作戦だ。これにより現在は北米、中国、マレーシアの工場で、新工法による生産を成功させている。
この生産技術は、タイヤ以外の工業用ゴム製品を扱うダイバーテック事業の生産にも応用。一部はこれから製造に入るところだという。
東洋ゴムは2015年に、創立70周年を迎える。これを機に、現在兵庫県伊丹市にあるタイヤ技術センターの横に本社ビルを建築し、技術開発はもちろん、営業を含めた本社業務も1カ所に集約する計画だという。
これまでの開発経緯を振り返って、中倉氏は「人は離れているとダメ。ちょっと離れてるだけで『まあええか』と先延ばししてしまい、これが実現を遅らせる。物理的距離はとても大事だ」と語っている。
生産技術側からまったく新しい商品が生まれる。それは、技術者が1カ所に集まっていることで起こる魔法のようなものだ。前回お伝えしたソニーの長野ビジネスセンター(関連記事:みんなここにいる”の強さ――長野発「ソニーのVAIO」が尖り続ける理由とは)も、全く同じような構造であった。
一見保守的に見える業界でも、製造の現場から革命が起こっている。多くの製造拠点が海外に流れた今、実は日本に残った工場で生み出される生産技術こそが、世界で勝てる鍵を握っている。
小寺信良(こでら のぶよし)
映像系エンジニア/アナリスト。テレビ番組の編集者としてバラエティ、報道、コマーシャルなどを手がけたのち、CGアーティストとして独立。そのユニークな文章と鋭いツッコミが人気を博し、さまざまな媒体で執筆活動を行っている。
Twitterアカウントは@Nob_Kodera
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