図3の各国の有機EL発光デバイス関連特許件数推移(縦棒グラフ)をご覧いただきたいと思います(推移は発行年ベースで整理)*。図が大きいので、全体像と併せて、各国のグラフを拡大して掲載します。
*無料で利用できる特許データベースの機能には限界があります。そこで、近似としてIPC(国際分類)の有機EL発光デバイス関連の特許分類「H01L51/50+ H01L51/51+ H01L51/52+ H01L51/54+H51//56」を使って、特許発行件数の推移を得ました。最初のリン光型有機EL発光材料の特許出願(プリンストン大学)が 1998 年ですから、発行年として1997年以降の特許出願に注目することにしました。
図3から、特許出願件数が多いといわれている日本だけでなく、大きな市場である米国や有機ELディスプレイ事業を展開する韓国の出願件数が多く、将来市場と見なされる中国への出願件数の多いことも分かります。
特許が公開されるまでの期間は通常1.5年であり、2011年は9月までしか経過していないため、発行年である2010年と2011年の件数は少なめになります。それにもかかわらず、図3の2010年と2011年の特許発行件数が横ばい(あるいは落ち込みが少ない)ことに注目してください。
ここには、企業の有機発光デバイス分野への技術開発意欲と事業化意欲が反映されています。そして、この時期の韓国特許の発行件数は急増しており、韓国企業の出願意欲の大きさが示されています*。
*企業は知的財産戦略の観点から、技術開発を行う国や地域(技術開発拠点国)、およびビジネスに関わる国や地域(生産国・流通拠点国・市場国)に特許を出願します。企業が特許出願にかける費用は、日本出願の場合、社内コストや当初の権利維持費まで考慮すると1件当たり約100万円で、外国出願まで行うと翻訳費用を含め約300万円となり、複数国に出願ともなれば約500万円となります。
ですから、「特許出願件数が多ければ技術力が高い」とはなりませんが、企業の特許出願件数の多さは技術開発への注力度合いを示し、出願件数の多い国や地域は、その対象となる技術の市場としての魅力度が大きいことになります。
それでは、有機ELでは、世界的に見た開発拠点国である米国・欧州・ドイツ・韓国・日本における特許件数と、市場国である米国・欧州・ドイツ・韓国・日本・中国における特許件数とが、それぞれどれくらいの件数であるかに注目してみましょう。
図3(日米欧・中国における有機EL発光デバイス特許出願状況)からは、中国市場の魅力の大きさ、韓国の有機EL技術開発意欲、そして有機EL照明にかじを切った欧州と日本における、技術開発意欲の持続性を読み取ることができます。
特許の出願から公開(公報発行)までの期間は通常1.5年ですから、図3における、発行年2005年の特許件数の突出は、2003年頃に何かが起こっていたことを示唆しています。
ちょうど2003年頃から、有機ELディスプレイはパッシブ(単純マトリクス)駆動からアクティブマトリクス(TFT)駆動へと移行する時期にあり、アクティブマトリクス駆動方式に関わる開発成果の特許出願ラッシュが始まったため、特許件数が急増したと推測されます。
この事実からお分かりのように、企業の特許出願件数の多寡は対象とする技術開発への注力度や事業開発への意欲を示す指標の1つといえます。
次回は、韓国企業グループのしたたかな知財戦略に着目していきたいと思います。お楽しみに!
本稿では、下記の分析条件で各社の動向を考察しました。特許データベースの使い方が分かれば、下記の条件検索パラメータを活用してご自身でも確認できます。調査方法は連載記事「自社事業を強化する! 知財マネジメントの基礎知識」で解説していますので、こちらも参照ください。
項目 | 内容 |
---|---|
データベース | Espacenet Patent search - Advanced search |
分析条件 | IPC(国際特許分類)に注目し、有機発光デバイスはH01L51/50(有機発光素子)、H01L51/52(有機発光装置)、H01L51/54(有機発光材料)、H01L51/56(有機発光素子および装置の製造)のいずれかを含む特許 |
菅田正夫(すがた まさお) 知財コンサルタント&アナリスト (元)キヤノン株式会社
sugata.masao[at]tbz.t-com.ne.jp
1949年、神奈川県生まれ。1976年東京工業大学大学院 理工学研究科 化学工学専攻修了(工学修士)。
1976年キヤノン株式会社中央研究所入社。上流系技術開発(a-Si系薄膜、a-Si-TFT-LCD、薄膜材料〔例:インクジェット用〕など)に従事後、技術企画部門(海外の技術開発動向調査など)をへて、知的財産法務本部 特許・技術動向分析室室長(部長職)など、技術開発戦略部門を歴任。技術開発成果については、国際学会/論文/特許出願〔日本、米国、欧州各国〕で公表。企業研究会セミナー、東京工業大学/大学院/社会人教育セミナー、東京理科大学大学院などにて講師を担当。2009年キヤノン株式会社を定年退職。
知的財産権のリサーチ・コンサルティングやセミナー業務に従事する傍ら、「特許情報までも活用した企業活動の調査・分析」に取り組む。
本連載に関連する寄稿:
2005年『BRI会報 正月号 視点』
2010年「企業活動における知財マネージメントの重要性−クローズドとオープンの観点から−」『赤門マネジメント・レビュー』9(6) 405-435
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