さまざまな用途への活用が期待されている有機EL。普及期を見据えた業界再編や研究開発競争が激しくなる中、日本の有機EL関連知財の状況は? 今回から新たに知財と企業戦略の専門家が解説します。
皆さん、こんにちは。技術者の視点で、企業活動における知的財産マネジメントに注目している菅田です。今回から前回までの本連載筆者である野崎氏と共に、連載「知財コンサルタントが教える業界事情」を随時担当させていただくことになりました。今回の連載では、日本企業にがんばってほしい産業・技術領域を取り上げて、世界市場における日本企業の今後の活路を企業活動・技術開発・事業開発・知的財産・技術標準といった側面から考察していきたいと思っています。
無料特許情報関連データベースの使い方も、読み飛ばし可能な形式で、少しだけ触れることにします。
今回は、3回シリーズ(前編・中編、後編)で有機ELを取り上げたいと思います。
前編では、有機EL発光技術を開発したイーストマン・コダック(およびそのグループ企業、以降「コダック」)と、それを追撃した日本の有機EL材料メーカーや電機系企業の動向に注目してみます。
中編では、日米欧の海外企業との共同技術開発や共同事業開発の成果を事業化につなげた「韓国企業のしたたかさ」に、後編では照明事業開発にかじを切った欧米企業と日本企業の動向に、それぞれ焦点を当ててみたいと思います。
それではまず、有機ELディスプレイについて考えてみましょう。
ディスプレイとしての、液晶と有機ELの最大の違いは自発光であるか否かにあります。自発光である有機ELには液晶のようなバックライトは不要ですから、その分だけディスプレイの厚みは薄く軽量になり、しかも、シースルー性を備えることもできます。
ですから、携帯電話(スマートフォン)や携帯端末(タブレット)では薄型軽量性とそのシースルー性が、薄型軽量を実現するミラーレス一眼デジタルカメラではその薄型軽量性が、それぞれ最大限に生かされます。つまり、有機ELは実用化されたときに、液晶よりも優れた特徴を発現する可能性を技術開発当初から秘めていたわけです。
これなら、伸び盛りのスマートフォン市場でアップル「iPhone」に「Android」で対抗し、利益幅の大きい一眼デジタルカメラ市場でミラーレス型を海外市場に投入して、キーコンポーネントとなるデバイスとして中小型有機ELディスプレイに注力しているサムスングループ(以降「サムスン」)の事業展開ストーリーが理解できます。
そして、有機ELディスプレイをアクティブマトリクス方式の点光源の集合体と見なせば、現在日本企業が注目している有機EL照明は一括同時点灯と捉えることもでき、ディスプレイと照明は特許的には紙一重のものとなります。
コダックの積層機能分離型有機EL素子が学会発表*されてから、各社の有機EL事業開発競争が始まりました。そして、有機ELディスプレイの事業開発に熱心だった日本企業は2000年代半ばまでに技術開発投資力を失い、有機ディスプレイ事業をめざした日本企業は事実上撤退し、わずかにソニーの業務用ディスプレイ事業にかつての痕跡を残す状況になっています。
*C. W. Tang and S. A. VanSlyke, Applied Physics Letters, 1987, 51, 913. コダックの研究者Tang氏らが発表した。
そして、コダックが初期に出願した特許の権利期間(通常、特許出願から20年間)が満了した現在では、中小型有機ELディスプレイから大型TVへの展開を狙うサムスンと、大型TVで巻き返しを狙うLGグループ(以降「LG」)の争い、という構図になっています。
とはいっても、サムスンには3Mと日本電気(NEC)の技術が、LGにはフィリップスとコダックの技術が、それぞれ合弁での技術開発と事業開発を経て取り込まれています(図1を参照)。
つまり、少々乱暴ないい方をすれば、日米欧の電機系企業の有機ELからの経営的判断に基づく有機ELディスプレイからの撤退が、今日の韓国企業優位の構図をもたらしたと見ることもできます。
なお、出光興産はLGがコダックから得た知的財産の利用権の管理会社に出資しており、有機EL材料の量産では三井化学と協業の関係にあります。プリンストン大学の有機リン光性発光材料の特許権を譲渡されたUDC(Universal Display Corporation)と、出光興産は有機EL発光材料を共同開発している関係にあります(図1を参照)。
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