モジュラーデザインの狙いは、将来設計する製品の全体像を眺めながら、部品を作るための機械加工設備、組み立て設備、金具、治具、検査具などの生産設備を減らすと同時に製品のカスタマイズ力を向上させることにあります。
製品の多様化と部品の少数化は二律背反ですが、それを克服して同時に実行していきます。ですから、経営哲学や商品戦略などと絡めて、設計はどうあるべきかを考えていくことも求められます。単なる部品の共通化などにとどまらず、「スマイルカーブ」*の上流のバリューチェーン(製品企画、開発、調達)を抜本的に改革していき、付加価値を増大させる狙いがあるのです。
:*スマイルカーブ サプライチェーンの中の利益(=付加価値)が、最上流の設計と最下流のサービスの両端に集中し、中間に位置する製造の利益が薄くなることを指す。
既存モデルからの流用設計ではなく、標準化された製品モデルから仕様データを引き抜いて個別モデルを設計する標準設計を導入していることもモジュラーデザインの特徴です。生産のモジュール化は見よう見まねでなんとかできますが、モジュラーデザインは見よう見まねでは決して実現できません。論理的なアプローチが必要なのです。
――生産のモジュール化でもコスト削減の効果があるように思われるのですが、モジュラーデザインとの決定的な差は何でしょうか。
日本製品は高品質を維持しながら他国製品を圧倒する低コスト化も実現させなければ、もはやグローバル競争に勝てません。近い将来、新興国の企業も日本製品の品質に追い付いてくるので、日本は高品質だけでは勝てなくなり、品質とコストの両方で勝つことが重要になってきます。
では、そのような新次元の低コストを実現していくための「埋蔵金」はどこにあるのか? それを説明しましょう。
製造業におけるコストの内訳は大きく3つに分けられます。
VとCの両コストは部品種類の多さに応じて増える「種類コスト」といえます。日本の製造業の中に存在するコストの50〜60%はFコスト、残り40〜60%はV、Cの種類コストです。
コスト低減の有力手法で広く世に普及しているVE(バリューエンジニアリング)はFコストだけを対象にしており、種類コストはまったく手つかずの「埋蔵金」コストです。モジュラーデザインは、この眠っている埋蔵金を掘り出す手法なのです。
――最近の自動車メーカーのモジュール化やモジュラーデザインへの対応の現状はどのようになっているのでしょうか。
生産のモジュール化は1990年ごろにVWがアウトソーシングの一環として始めました。しかし、生産のモジュール化はサプライヤーに部品の設計と製造を「丸投げ」するので、部品設計技術や製造技術などのノウハウも同時に流出することになり、品質の悪化を招きました。そこでVWは2000年ごろから行き過ぎた生産のモジュール化を修正し、部位ごとに、生産のモジュール化をするところと設計のモジュール化をするところに分けてモジュール化を進めているようです。
現代自動車は恐らく生産のモジュール化を徹底してやっているが、設計のモジュール化には着手していないのではないかと思います。モジュール化の方法を知らないので、やりたくてもできないのかも知れません。現代自動車は2000年から猛烈に多様化を進めているので、そろそろ補修部品の重圧に悩まされるころでしょう。補修部品とは、世の中に残っている自社製品の補修のための部品であり、自動車では30〜40年間、補修部品を作るための生産機械、金型、治具、検査具、工具などを保持しなくてはならないため、管理コストが発生します。
モジュラーデザインの先端企業はスエーデンのトラックメーカーであるスカニアであり、モジュラーデザインこそがスカニアのダントツの高収益の源泉になっています。
モジュラーデザインは製品をばらしても、その方法を学びとることができない「ブラックボックス化」が可能な点も利点です。ですから、スカニアのモジュラーデザインの方法はまだ誰も知り得ていないのが現状です。2002年にスカニアのモジュラーデザインを習得するために業務提携した日野自動車もまだ十分学習できていないようです。しかし、スカニアを2000年代初めに子会社化したVWはスカニアのモジュラーデザインの手法を学び取り、上述の「モジュールツールキット」に展開した可能性はあります。
日本企業におけるモジュラーデザインではトヨタ自動車が進んでいます。2000年代初めに実施した「CCC21」というコスト削減策は、「車に合わせて部品を作るのではなく、部品に合わせて車を作る」考えであったので、モジュラーデザイン的な考え方でした。
しかし、この取り組みは分析的なアプローチであったため、トヨタ社内でも予期していた成果よりも得られた実績が小さかったと判断されました。そして、その後に始まった「VI活動」は、「CCC21」では購買部門がリーダーシップを握ったのに対し、設計部門がリーダーシップを握り、分析的なアプローチから設計的なアプローチに転じたようです。VI活動はベールに包まれている部分が多いですが、戦略性の高い活動と見られます。
日本の多くのメーカーは、「設計はどうあるべきか」という発想が希薄になりつつあります。薄型テレビの販売競争で、韓国勢に比べて日本メーカーが劣勢なのは、画面のサイズの決定において、フランスの軍人のルナールが考案した好適数列を韓国メーカーは適用していますが、日本メーカーは適用していないからです。
これを適用すれば最少の品ぞろえで最大の顧客を獲得できるようになります。ほかにも、日本のメーカーには以下の問題点があります。
日本のメーカーには、上記のような多くの問題が潜在しています。本コラムを読まれる読者にもこうした事象に思い当たる節があるでしょう。こういうところをモジュラーデザインは改革します。
いま、日本は、東日本大震災、未曽有の円高、国内空洞化という空前の危機にひんしていますが、足元の設計を見ればまだまだ日本の製造業は日本に拠点を置いたまま世界に伍(ご)して戦えます。
1968年東北大学工学部卒後、マツダに入社し、ロータリーエンジンの実験研究などに従事。88年技術管理部門に異動し、技術標準化や製品開発プロセスシステム化などを推進した。2000年マツダを退社し、経営コンサルタントとして独立。2004年―08年まで広島大学大大学院教授(製品開発論)。2005年にフォルクスワーゲンから『日本の自動車メーカーの製品開発能力の研究』を受託研究。2008年モノづくり経営研究所イマジン開設。2011年から「日本モジュラーデザイン研究会」会長。著書に『トヨタ経営システムの研究』(ダイヤモンド社、2002年)、『実践 モジュラーデザイン』(日経BP社、2009年)など。
井上久男(いのうえ ひさお)
Webサイト:http://www.inoue-hisao.net/
フリージャーナリスト。1964年生まれ。九州大卒。元朝日新聞経済部記者。2004年から独立してフリーになり、自動車産業など製造業を中心に取材。最近は農業改革や大学改革などについてもマネジメントの視点で取材している。文藝春秋や東洋経済新報社、講談社などの各種媒体で執筆。著書には『トヨタ愚直なる人づくり』、『トヨタ・ショック』(共編著)、『農協との30年戦争』(編集取材執筆協力)がある。
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