理念浸透でどんな状況でも判断を誤らない組織へ品質不正を防ぐ組織風土改革(5)(1/2 ページ)

繰り返される製造業の品質不正問題。解決の鍵は個人ではなく、「組織風土」の見直しにあります。本連載では品質不正を防ぐために、組織風土を変革することの重要性と具体的な施策をお伝えしていきます。

» 2025年04月21日 11時00分 公開

この件を上に報告したら、厄介なことになるかもしれないな……。

言うべきか、それとも黙っておくべきか……。

 このような葛藤を抱えながら、今日もどこかで悩んでいる人がいるのではないでしょうか。業務を進める上で、私たちは日々、さまざまなジレンマに直面します。こうしたとき、明確な判断基準を持っていなければ、人は安易な方へ、都合の良い方へと流れてしまいます。その結果、品質不正を招いてしまうこともあり得ない話ではありません。

 連載第3回では、品質不正が起きにくい組織の基盤づくりとして、「心理的安全性」と「理念浸透」の重要性をお伝えしました。業務において迷いや葛藤が生じたとき、判断のよりどころになるのが「理念」です。今回は、理念を現場に根付かせるポイントについて解説していきたいと思います。

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理念は「共感」ではなく「実践」を目指すべき

 理念とは、企業がどこを目指しどのような価値観に基づいて事業を営むのかを示すものです。理念が浸透していない会社では、従業員の間で「何が正しい行動なのか?」といった判断基準にバラつきが生まれてしまいます。その結果、コンプライアンスよりも個人や組織の利益が優先され、品質不正などの誤った行動を招いてしまうことがあります。

 ただ、過去に品質不正を起こした企業にも理念は存在していました。多くの従業員が自社の理念を知っており、特に反対する理由もなく「そうあるべきだ」と共感していたはずです。それにもかかわらず、品質不正が起きてしまったのは、理念が「理解」や「共感」の段階にとどまり、「実践」に至っていなかったからです。

 理念が実践されている状態とは、会社として具体的な判断基準や行動指針が明確になっており、迷ったときにそこに立ち返って判断できる状態です。連載第3回で紹介したジョンソン・エンド・ジョンソンの「タイレノール事件」は、まさにその典型例です。判断が難しい状況下でも、同社は理念(Our Credo)に立ち返ることで適切な意思決定を下すことができました。

 どれほど立派な理念を掲げていても、それが実践されていなければ「絵に描いた餅」にすぎません。困難な局面に立たされたときでも、理念に基づいた行動ができる状態になってこそ、理念が浸透しているといえるのです。

 連載第1回でもお伝えした通り、多くのコンプライアンス違反は「故意」によって起きています(図1)。言い換えれば、「ダメだと分かっていても、不正をしてしまう」ということです。

コンプライアンスに関する従業員/組織の状態 図1 コンプライアンスに関する従業員/組織の状態[クリックで拡大] 出所:リンクアンドモチベーション

 「これは会社や組織のためには仕方のないことだ」と思い込み、誤った判断を下してしまうケースも「故意」に含まれます。しかし、理念に基づいた判断が実践されるようになれば、コンプライアンス違反を防ぐことにつながります。また、仮にコンプライアンスに関して十分な知識がなかったとしても、理念にひも付いた具体的な判断基準によって「過失」によるコンプライアンス違反を減らすことができます。

理念が実践されないのはなぜ?

 理念が実践されていない企業でよくあるのが、共通認識が欠けていることです。経営陣や従業員の間に、「これができていたら、理念を実践できている」といえるような具体的な判断基準や、望ましい行動についての共通認識がないのです。

 では、どうすれば共通認識を育み、理念を実践できるようになるのでしょうか。オススメは、「(1)すり合わせ→(2)実践→(3)承認」といったサイクルを回し続けることです。

 例えば、「顧客第一」という理念を掲げている企業で考えてみましょう。「顧客第一とは、具体的にどのような行動をして、どのような行動をしないことなのか?」と問われたとき、すぐに答えられる従業員は案外少ないものです。

 理念は普遍性を持たせるために、往々にして抽象的な文言で策定されます。そのため、「理念を実践しよう」といわれても、具体的にどのような行動をするべきなのか、なかなかイメージできません。だからこそ、具体的な判断基準や望ましい行動についての共通認識づくりが必要なのです。

 まずは、現場で何かしらの判断や行動があったとき、「その判断/行動は理念に照らし合わせて適切だといえるか?」をすり合わせましょう。「Aさんの対応は、会社が目指す顧客第一に沿った行動だったね」「Bさんは顧客第一のつもりだったかもしれないけど、こういう点で会社が目指す方向とはズレていたね」といった対話を重ねることで、組織全体で理念の実践について具体的なイメージがそろっていきます。そして、そのイメージに沿った実践例が多く生まれるようになります。

 次に、「理念を実践した模範的な事例」を積極的に承認しましょう。社内表彰や共有の場で理念を体現した事例を称賛することで、他の従業員のロールモデルとなり、さらなる実践へと広げることができます。

 こうして「(1)すり合わせ→(2)実践→(3)承認」のサイクルを回し続けることで理念の実践イメージが徐々に明確になり、それが社内全体に広がり、経営陣から現場の従業員まで、判断基準や望ましい行動についての共通認識が形成されていくのです。

 実際に、このサイクルを回して理念浸透を実現しているのが味の素グループです。同社は「事業を通じて社会価値と経済価値を共創する取り組み」を「ASV(Ajinomoto Group Creating Shared Value)」と称し、経営の基本方針としています。このASVを従業員が「自分ごと化」し、実践できるようにするために「ASVマネジメントサイクル」という仕組みを構築し、各ステップでさまざまな施策を講じています。施策の詳細は、味の素グループのWebサイトをご覧いただければと思います。

ASVマネジメントサイクルの概念図 図2 ASVマネジメントサイクルの概念図[クリックで拡大] 出所:味の素グループ
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